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第34回 ヘブリディーズ諸島へ至る三つの町
──江藤秀一(『大人のためのスコットランド旅案内』編著者)

 18世紀イングランドの著名な作家ドクター・サミュエル・ジョンソンはスコットランドに強い偏見を抱いていたが、そのジョンソンにスコットランド人のジェイムズ・ボズウェルという若い弁護士が惚れ込んだ。ボズウェルは何とか自分の故郷のスコットランドを案内したいと願っていたが、ついに1773年にその夢が実現し、スコットランドのハイランドとヘブリディーズ諸島への3か月に及ぶ旅をしたのである。ジョンソンはその旅の日記をA Journey to the Western Islands of Scotland(『スコットランド西方諸島の旅』)として刊行した。その旅日記を読むと、当地には今では消滅してしまった氏族制を基盤とした独自の社会と文化が残っていたし、言語も英語ではなく、ゲール語の一種であるアース語が話されていたことが記されている。そんな光景は現在ではまったく見当たらない。一体、何があったのだろうか。それを解明すべく、私はジョンソンの旅日記を手にジョンソンとボズウェルの足跡をたどってみた。その一部がこのたび刊行した『大人のためのスコットランド案内』の第8章「ハイランド地方からヘブリディーズ諸島へ――ドクター・ジョンソンの島巡り」である。

 『大人のためのスコットランド旅案内』では二人の訪問地の中から主にスカイ島やマル島やアイオナ島といったヘブリディーズの島々を紹介したが、ここではそこに至るまでの三つの町の今昔を紹介してみたい。

 まずはエディンバラを出発したジョンソン一行が初日に泊まった町のセント・アンドルーズ。そこは現在のようにゴルフの聖地として多くの観光客を呼ぶにぎやかな町ではなく、過疎化しつつある陰鬱な町であった。ジョンソンは旅日記で「大通りの一つは今や消滅し、現存している通りにも怠惰な貧困とわびしい人口減少の陰欝と静寂が漂っている」と述べている。大学もジョンソンが訪れる数年前まではセント・サルヴァトール、セント・レナード、セント・メアリの三つのコレッジがあったが、ジョンソンが訪ねたときにはセント・サルヴァトールとセント・レナードは合併され、町のコレッジは二つになっていた。

 衰退しつつあった町が今日のようなにぎやかな町になるのは、1830年代のヴィクトリア時代になってからのことである。当時、スコットランドの美しさや海水浴の恩恵などに人々が注目するようになり、ゴルフ場の助けもあって、町の通りも観光客の乗った馬車の行き交う音で満たされるようになっていった。ホテルが建てられ、鉄道が敷かれ、19世紀末には大学が女子学生を受け入れるようになり、町は華やかな雰囲気になってきた。現在はゴルフ愛好家の憧れの地として、また大聖堂遺跡やセント・アンドルーズ城遺跡などが多くの観光客を引き付け、伝統ある大学も存在し、スコットランドでも人気の地となっており、予約なしでは宿泊先の確保が困難なときもある。この町は現在、ジョンソンの感じた侘しさなどはまったくなく、ゴルフと大学の町として再興を果たしている。

 

◉左/セント・アンドルーズ城跡 ◉右/セント・アンドルーズでゴルフを楽しむ人たち

 次はエルギンである。ジョンソンらはセント・アンドルーズからモントローズ、アバディーンを経てエルギンに入った。エルギンにもセント・アンドルーズ同様に破壊された大聖堂の廃墟がある。ジョンソンの日記によると、大通りではロンドンの古い木造建築同様に家々が2階から突き出ており、結果、回廊や柱廊のような歩道となっていたとのことであるが、現在のエルギンは大きなショッピングモールのある明るいしゃれた街となっている。そしてここにはカシミヤのカーディガンやセーターで有名なジョンストンズ本社兼工場があり、製造直売の売店もある。日本ではバーバリーほどには知られていないが、ジョンストンのカシミヤのカーディガンはとても保温性に優れていて着心地も極めて良い。エルギンは『大人のためのスコットランド案内』でもウイスキー蒸溜所の拠点地として紹介されており(序章/第11章)、また、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝も研修に通った場所である。ウイスキー蒸溜所を巡る際には大聖堂の遺跡とジョンストンズの工場見学も予定に入れてはどうだろうか。

 ◉エルギン大聖堂跡(市川泰男氏撮影)

 最後はネス湖の南端のフォート・オーガスタス。この砦(フォート)は『大人のためのスコットランド案内』でもたびたび話題になるジャコバイトの乱に縁が深く、1715年のジャコバイト反乱の後に建設され、その名はジョージ二世の息子カンバーランド公ウィリアム・オーガスタスにちなむものである。ジョンソン一行は18世紀後半にこの砦を訪れて、司令官のトラポーに歓待されているところから、当時はまだジャコバイトの乱の勃発の可能性は消えていなかったことがうかがえる。19世紀初頭にカレドニア運河が開通したときはまだ兵士が駐留していたが、のちにはベネディクト派修道会の付属の学校として使用され、それも学生の減少に伴って閉鎖され、現在はHighland Clubという一種のホテルとなっている。

 フォート・オーガスタスはネス湖やハイランド各地への観光の拠点として多くの観光客で賑わいをみせている。町の中心地ではネッシーを思わせる大きな作り物が目を引く。さらにはかつてのハイランドの暮らしぶりを紹介する「クランズマン・センター」(The Clansman Centre)や運河の歴史を紹介する「カレドニアン運河センター」(Caledonian Canal Centre)という博物館もある。

 

◉フォート・オーガスタス(運河へ入る船を見る観光客)

 以上紹介した三つのどの町にも、スコットランドの長い歴史と文化が根付いていて、ヘブリディーズ諸島を訪れる際にぜひ立ち寄ってみたい魅力的な場所である。

◉『大人のためのスコットランド旅案内