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第33回 アジア発、ポストモダン・アートの現在ーー 麻生享志

蔡國強『帰去来』とディン・Q・レ『明日への記憶』

 

◆この夏、首都圏のアートシーンが熱い

まずは横浜。7月11日から横浜美術館で蔡國強(さいこっきょう)の個展『帰去来』が始まった。蔡といえば、筑波大学で学んだこともある親日の中国人アーティストだ。2008年北京オリンピック開会式でのように、火薬とアートの融合をテーマに、これまでにはなかった芸術の地平線を切り開いたことで知られる。

一方、7月25日から東京六本木ヒルズの森美術館で始まったのが、ディン・Q・レの個展『明日への記憶』。拙著『ポストモダンとアメリカ文化』(2011)でも紹介した1.5世代ヴェトナム系アメリカ人アーティストのレは、南ヴェトナム時代のポストカードや家族写真、ヴェトナム戦争を描くハリウッド映画や報道写真を題材に、「フォト・ウィービング」と呼ばれる独特の表現方法で新たな世界観を示す。現在は祖国ヴェトナムに戻り、ホーチミンシティーのアートスペース「サンアート」の代表を務める。

1980年代後半にポストモダン・アートに関心を持ち、研究を重ねてきた者として、二人の世界的な活躍には隔世の思いがある。当時はアジア系アーティストの活躍は限定的で、ましてや共産圏出身のアーティストの登場など思いもよらなかった。美術館主催のアーティスト・トークで、蔡は「美術館と美術史を壊す」気持ちがなければ一流のアーティストにはなれないと、穏やかな表情ながら刺激的な発言をしていたが、まさに西欧的な伝統に支えられてきたアートの世界を火薬で爆破したのが、蔡のアートである。

◆蔡の『夜桜』

横浜美術館入り口正面の壁面には、今回館内で制作された巨大画『夜桜』(Nighttime Sakura, 2015)が展示されている。この和紙の上に残された素晴らしい絵画は確かに見る者を圧倒するものの、恐らく作品最大の見所は制作=爆発の瞬間だったのではあるまいか。火薬爆発の瞬間に込められたアーティストのデザイン=思いと、その一瞬にして消え去る光と煙の余韻こそ、蔡アートの醍醐味だ。(もちろん来館者には、制作=爆発の余韻をゆっくり楽しむという贅沢がまだ残されている。作品という痕跡から遡及的に創作の瞬間に思いをはせることも、蔡アートの立派な消費の仕方である。)

かつてアートとは、永遠の美を刻印し、それを永久保存するためのものだった。だからこそ、西欧においては美術館やギャラリーといった箱物の文化空間が発達し、選ばれし者だけがアートを鑑賞することができた。一方、蔡にとってアートとは、創る者と見る者が制作=爆発の瞬間に立ち会い、その時空間を共有するためのパフォーマンスなのではなかろうか。北京オリンピック開会式をはじめ蔡が世界各地で展開する屋外アートの意味と意義は、アーティストと一般市民による共有と共感の瞬間にある。

◆歴史を問い直すディン・Q・レ

その意味では、アプローチこそまったく違うが、やはり欧米的世界観とは異なる芸術的価値を提案するのがレである。彼自身 HILLS Life (July 2015)  掲載のインタビュー等で繰り返し述べているように、カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校に在学中、ヴェトナム戦争に対するアメリカ側の偏った見方と無理解に苛立ちを募らせたレが制作したのが、『ヴェトナム戦争のポスター』(Vietnam War Posters, 1989)  であった。アメリカの人的被害ばかりを強調する合衆国メディアへの批判を、当時の報道写真を再利用(リサイクル)しつつ、ヴェトナムの被害をテクスト化することで展開した作品だ。また、シリーズ作『消えない記憶』 (Persistence of Memory, 2000-01) や、映画『地獄の黙示録』 (Apocalypse Now, 1979) と『プラトーン』(Platoon, 1986) を合成した映像作品『父から子へ』(From Father to Son, 2007)等では、大衆文化(ポップカルチャー)が生み出したヴェトナム戦争のイメージを再利用=パロディー化することで、アメリカ的視線から見た戦争解釈の独善性を批判する。

これらの作品は、オリジナル映像・画像とレのリサイクル映像・画像との間に生じる様々なギャップ(時空間的ギャップ、アメリカ的意識とヴェトナム的意識のギャップ等)を通して、見る者の意識をオリジナルでは表現されていないもう一つの歴史的視点の存在へと導く。アートとは誰のために創られるのか、歴史とは何なのかといった問題についてじっくり考える機会を与えてくれるのが、レの作品である。

◆21世紀のアートシーン

蔡やレらアジア系アーティスト活躍の背景には、欧米的価値観を中心に展開してきたアート・文化に異なる価値観が対峙される、昨今の多文化主義的環境の影響が色濃く見られる。そして、それは異なる文化の出会い、衝突、さらには融合へと至る契機でもある。アジアをはじめとする非西欧諸国が積極的に西欧文化の消費を行ってきたのが20世紀という時空間だったのなら、21世紀はアジア系アーティストが広く受け入れられる文化的時空間として、さらに今後も進行していくことだろう。

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麻生享志 著『ポストモダンとアメリカ文化—— 文化の翻訳に向けて