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第32回 モランゲイロへの路
──杉田敦(『静穏の書──白い街、リスボンへ』)

そろそろ動き出さないと、そんな想いに追い立てられるように、シャワーを浴びて窓から身を乗り出すと、街の喧噪とイワツバメの鳴き声、そして、高台を抜ける風音が一気に押し寄せてきた。せっかく前向きになろうとしていた気持ちが、まただらしなく融けだしてしまう。気を取り直してテラスまで出てはみるものの、再び、同じことが繰り返される。もう少し、ここで、このまま……。どうにか踏ん切りをつけ、らせん階段を周り降りて外へ出る。城下を周回する石畳の路を反時計回りに下り、4月25日橋に向かって視界が開けたところまでくると、右手にさらに急角度で落ち込む坂道がある。そこを下り、突き当たりを右に折れる。幅の広い階段が長くのび、彼方に旧市街の中心部を望むことができる。朝早く巡回する犬たちの忘れものに注意しながら足を運び、しばらく下降していくと、やがて大きな門扉のある建物のあいだに顔を出す。そこを左に折れて、一段下の周回路の緩やかな下り坂に身を任せていると、右手に、見落としそうなぐらい狭く、急峻な階段路が隠れている。なぜかこの階段だけは大理石でで きていて、雨降りのあとはいかにも滑りそうに水を湛えて光っている。階段を降りきると、少し傾いだ、明るい広場に出る。左手が高くなっていて、水の枯れた噴水があり、ちょっとした展望台のようにベンチも設えられている。子供たちの格好の遊び場になっていて、近所の人たちの話し声がいつも反響している。広場を横目に、右手の階段を数段、反転してさらに数段下ると、グラフィティに囲まれた踊り場に出る。視界は開け、フィゲイラ広場も少しだけ確認できる。扇状に広がった階段は、下の方にいくにつれて急速に狭まり、古い建物に挟まれた闇のなかに落ち込んでいて、その様子は渓谷の急流にも似ている。モザンビーク人の営む小さなカレー屋を左手に見て、 さらに下ると、厳しい目つきの白髪の老人が営む八百屋がある。まだ、目的の場所は見えてこない。少し降りて、階段の左端まで寄って目を凝らしてみる。背の高いスリット状の入り口が、深緑の鎧戸で閉じられていなければ大丈夫。足のはこびは軽くなり、先ほどまでの怠惰も嘘のようだ。最後の数段をころげるように下りて戸口から一段低くなった店内を覗き込む。輝くような陽射しのなかから飛び込んだ視線は、暗順応よりも早く、見慣れた笑顔を探している。少し微笑んで、意味ありげに顎をしゃくってみせる。周囲の男たちにも挨拶して、身長175cmの僕の胸ほどもある、高いスチール製のカウンターに辿り着く頃には、モランゲイロのほんのり赤い沫をたたえたタンブラーが待ち構えている……。

20年以上にわたって繰り返しポルトガルを訪れているが、そのほとんどの時間はリスボンで費やしている。慌ただしく車で全土を巡ったこと、アソーレスへの旅アルヴァロ・シザとのプロジェクトのためにポルトに出かけたことなどをのぞけば、のこりはリスボンの町中をウロウロしていたにすぎない。なかでも、高台からゼの店に向かう、先ほどの石畳を、階段を、路地を、何度通ったことだろうか。多いときは日に三度四度、ゼの店が閉まっていなければ、最低一日一回は通っていたはずだ。フランセス・ イエイツ女史の、寄席芸能の記憶術とまではいかないものの、前述の道程は無理しなくても頭に浮かんでくる。しかし、旧市街の様子は大きくは変わらないものの、外の世界はめまぐるしく変化してきた。自由だった時間は仕事に圧迫されるようになり、そして遠く離れた島国で地震と核災害を経験することになる。陽気なリスボンが未曾有の震災を経験していたという事実は、被災地の向かう先を示しているようで心強く思われた。原発を避けて、日本からポルトガルに移住した友人の父の姿は、人としてどう生きるのかという問題を突きつけ、多数のへテロニムに分散してみせた彼の国の詩人は、近代的自我の奢りこそをつぶやいていたのかもしれない。リスボンの、白い街の限られたエリアを彷徨するためだけに費やされた時間は、けれども多くのことを教えてくれた。一方できることならば、カーネーションの革命を凝視しなければならないような事態には陥りたくないとも思っていた。傲慢な政治への傾斜が強まるなかで、その素晴らしい革命は、迎えることがないにこしたことはない。しかし、そうあるように注意を促しているのであるとすれば、つまり結局また学んでいるということだろう。あの石畳を、階段を、路地を降りていくように、結局、再びここでも知らされているのだ……。

本書のタイトルフェルナンド・ペソアの『不安の書』による。ファシズムに雪崩れて行く直前に感得された不安に対して、ここでは、十分不安な状態にたたずみながら、静穏を凝視することができないかという希望を抱いている。けれどももちろん、不安と静穏は交感し合っている。そう、むしろそのことに想いを巡らせなくてはならないのだ。

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最後に、本書をきっかけとして生まれたさまざまな出来事に焦点をあてた展覧会が、今年の11月に東京で開催される予定です。概略がわかりましたら、あらためて彩流社にもご協力いただき、HPなどに情報をUPさせていただきます。

◉『静穏の書──白い街、リスボンへ