ほんのヒトコト

最新の記事5件

このコーナー内を検索

月別一覧

第31回 18世紀のアイルランド語詩を訳して──春木孝子
(京都アイルランド語研究会訳・著『ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』──十八世紀アイルランド語詩の至宝』翻訳・執筆メンバー)

 2014 年末に『ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』──十八世紀アイルランド語詩の至宝』が彩流社より出版された。京都アイルランド語研究会として活動を続けてきた10人のグループが3冊目の活動プロジェクトとして2007年に取りかかって7年目になっていた。なぜ、こんなに時間がかかったかという苦労については、後で触れることにして、まずは、この詩作品がどのようなものであるのか手短に記したい。

『真夜中の法廷』とは

 ひと言で言えば、18世紀にアイルランド語で書かれた風刺詩である。イギリスの植民地化が進んだこの時期のアイルランドでは、話し言葉も書き言葉も日常生活や仕事、政治、経済のあらゆる方面で英語が主流となり、文学の世界でも特に詩においてはアイルランド語で書かれることがほとんどなくなっていた。しかし、独立の機運が時に盛り上がることがあり、その機運に連なって、アイルランド西部クレア県でもアイルランド語詩の伝統を受け継ごうといくつかのグループが結成された。ブライアン・メリマンはそれらのグループの詩人たちから刺激と薫陶を受けてアイルランド語の詩を書いたようである。

 この風刺詩は、適齢期も過ぎようというのに結婚できない原因は社会のありかただと考えた若い女が、妖精の女王が開く空想上の法廷に提訴した裁判の模様を描いたものである。この原告や原告に反対の立場を取る老人の証言者が理屈を通そうと陳述するに従い話は進む。しかし、この詩の真骨頂は、その古典的な韻律に支えられたリズミカルな音と訴える事実内容との響き合いにある。さらには、リズムに乗った表現が伝えるめくるめく躍動感、生き生きとした描写の素晴らしさにある。

 そして、この点こそが、翻訳の際に我々がアイルランド語から直接の訳を試みた最大の理由であった。この詩はすでに英訳が多くの優秀な学者や優れた詩人(シェーマス・ヒーニーやキアラン・カーソン等)によってなされていて、それぞれに英語でも十分に楽しめる優れた訳である。しかし、この詩に用いられたアイルランド語の迫力や魅力は英語に置き換えられたときに、別の意味や含蓄、イメージを持つことになる。できれば、直接アイルランド語から日本語に原詩のイメージを盛り込みたかったのである。

◉「アイルランド語」の原詩からの翻訳

 そういうわけで、訳の目標として第一に、アイルランド語の語順を変えずに、アイルランド語詩の1行が日本語の1行に対応することとした。基準として4行が一つの文の単位となっているアイルランド語の詩行構成と同じ、音の流れ、リズムの流れを保つことに加え、論理の流れ、言葉を発している人物の気持ちの動きを感じられるようにとの配慮である。そして、この目標は一番大きな苦労の種となり、解決策をひねりだすのに時間を取った。問題は、たとえば、アイルランド語は動詞が文の最初に置かれるのに対して、日本語は最後に置かれるという根本的な文構造の違いにある。どうやって動詞を最初に置いて翻訳調としか言いようのない日本語ではなく、ごく自然な日本語の話し言葉に置き換えるかは我々の日本語力に対する大きな挑戦となったのである。

 苦労は他にも、頭韻や母韻、内部韻、脚韻などというアイルランド語詩では外せない詩的な特徴に加えて、詩人メリマンの持つ単語や表現の幅広さ、豊かさをどう映すかという点にもあった。

 以上のような苦労は大きな挑戦であったが、しかし、少なくとも我々の納得のいく日本語訳に行き着いたときには深い喜びがあった。7年間という年月はある意味、ブライアン・メリマンという詩人に徹底的につきあえた喜びと充足感が得られた年月でもあった。

 我々の本は最終的に、日本語訳に加え、メリマン関係の論文、そしてアイルランド語詩行の統語分析を英語で見開きにした3部にわたる欲張ったものとなった。この本の出版を、アイルランドのメリマン協会は、我がことのように喜んでくださった。とりわけ日本語訳に関して、英語以外の言語に訳されたのは1902年のドイツ語訳以来約110年振りということだったようで、ことのほか歓迎してもらえた。本年2015年にアイルランドで出版記念会を行なうという連絡が来たときには、軽い気持ちで出席を引き受けたのだった。

◉アイルランドでの出版記念会

 記念会の1回目は3月3日に首都ダブリンで開かれた。午前中に在アイルランド日本国渥美大使へのご挨拶が組み込まれていて、その後、午後3時から出版記念会が開かれた。場所は、チェスター・ビーティー図書館(Chester Beatty Library)というアイルランドでは東洋美術に関して屈指の博物館の調度品の美しい理事会室だった。チェスター・ビーティー図書館の理事長、元RTE(アイルランド放送協会)会長、メリマン協会会長と副会長、アイルランド文学翻訳基金(ILE)長、在アイルランド日本国次席大使、『真夜中の法廷』研究者ブリーァン・オダーリ(Brian Ó Dálaigh)氏などなど、そうそうたる方々を含め招待された方が20人ほど集まってくださって盛大な出版記念会を開いて頂いたことに、心打たれた。

 記念会では、とても好意的なご挨拶が続いたことは嬉しいことであったが、なによりも本の紹介をする時間を与えて頂けたことがありがたかった。本の紹介は、『真夜中の法廷』プロジェクト・リーダーで編集長も務めてくださった梨本邦直氏が京都アイルランド語研究会やプロジェクトについて、また本の構成など全般的にポイントをおさえた説明をした後、日本語訳の目標および工夫した点について私が話すという分担で、パワーポイントを使って行なった。装画や挿絵をお願いした小野さとこさんの原画を映しているとき、出席者からくちぐちに綺麗だ、興味深い、素敵、ぴったり、など褒め言葉が出ていて、アイルランド人に大好評だったことが印象的だった。二人の説明の後、コーク大学教授リーァム・P・オムルフー(Liam P. Ó Murchú)氏が『真夜中の法廷』最初の22行をアイルランド語で朗読されたのち、梨本氏が同じ詩行の日本語訳朗読をされた。お二人とも声優顔負けの朗読で、メリマンの詩の素晴らしさを改めて感じた瞬間だった。朗読のあとで、オムルフー氏から、日本語訳のリズムを感じたというおもいがけない言葉を頂き感激した。オムルフー氏は『真夜中の法廷』の決定稿を出版され、我々の京都での研究会のセミナーにも来日してくださった方である。最も恩義を感じている方からの褒め言葉は何よりも嬉しいものであった。

 メリマン協会会長であるリーァム・オドハティ(Liam Ó Dochartaigh)氏と共に、この日は丸一日お二人のリーアムにはとても親切に朝からずっとお世話になり続けたこともひと言付け加えておきたい。

左◉在アイルランド日本国渥美大使を囲んで大使室にて
  左から順に、リーァム・オドハティ氏、春木孝子、
  渥美千尋大使、リーァム・オムルフー氏、梨本邦直
右◉チェスター・ビーティー図書館の理事室にて
  ブリーァン・オダーリ氏(左)と梨本

 第2回目の3月9日のリムリック大学日本語科とアイルランド語科合同の出版記念会もまた別の意味で感慨深かった。リムリック大学のミルストリーム集会室という3階分の高さの壁の半分くらいがガラス窓という明るく近代的ながら、残りの壁もイスも木をふんだんに用い、やさしい絨毯、そして窓からの緑というとても心地良く上品な集会室での記念会だった。

 そのようなかなり広い部屋に30~40人ほどさまざまな人々が集まってくださったことに驚いてしまった。しかもそのうち3分の2くらいは30〜40代の若い方々。日本語科、アイルランド科の先生方と学生たちだが、若々しい活気が感じられて、重厚だったダブリンの記念会とはまったく違った印象だった。このように若い人々からメリマンのアイルランド語詩やその日本語への翻訳への興味を示されることに、将来への明るい希望を感じた。

 会そのものは、ダブリンとほとんど同じように進んでいったが、我々二人による本の説明を、皆熱心に聞いてくださったのは嬉しい限りであった。特に、授業で『真夜中の法廷』を取り上げている先生と学生からの熱い視線を感じたのは、あながち気のせいではないと思っている。

 アイルランドでの2回にわたる出版記念会で、『真夜中の法廷』という18世紀の詩を通じてアイルランドと日本において心を通わせる方々と交流できたことは、出版に付随したおもわぬ恵みであったと思う。日本においても、より多くの人々にこの詩が読まれ、アイルランド文学やアイルランドという国のことが、日本の人々にもっとよく知られるようになることを心から願う。

◉『ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』──十八世紀アイルランド語詩の至宝