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第29回 ポーランドの変化とともに 変わるものと変わらないもの
──加須屋明子(『中欧の現代美術──ポーランド・チェコ・スロヴァキア・ハンガリー』ポーランド担当)

 初めて中欧(当時は東欧)地域を訪れたのは1988年の夏、ポーランド留学を控えてワルシャワ大学での語学のサマーコースに参加した時のことでした。あまり前知識なしに出向いた場所で、あまりにも大きなギャップに驚きながらも、初めて見る風景に驚き、惹かれました。当時は社会主義体制の末期でしたが、ちょうど夏休みだったせいかどうか、広い道はからっぽ、英語がほとんど通じない、物がない、電話が通じない(当時国際電話をかける、というのはものすごく大変なことでした。申し込んで一日待っても繋がらないこともありました)、というような困難な状況に直面しました。

 また、当時は現金があっても買うものがほとんどない一方で、人々の時間の使い方は贅沢で優雅に感じられ、人と人との関係はとても重要で大切に扱われていると実感できました。砂糖や酢といった基本的食材や、紙類など日常生活に欠かせない物資も不足しがちな中で、人々は密に情報を交換しあい、助け合い、また知恵と工夫で大抵のものは手作りしていたようです。毎日がサバイバルでした。そんな中でも学問や芸術文化は大変尊ばれ、人々は気軽に劇場や美術館に出向いては批評しあっていました。家族や友人との時間が大切にされ、日本ではなかなか味わえないような、手間暇をかけた丁寧で濃密な暮らしがありました。

 特に1989年2月から2年間過ごした古都クラクフでは、ヤギェウォ大学哲学研究室で学びながら、民主化運動の高まりと戦後初の自由選挙による政権交代、続く社会の大きな変化を目の当たりにし、そうした激変の中での芸術の果たし得る役割について深く考えることとなりました。

 

 

◉左/聖マリア教会聖堂(クラクフ中央広場)
 13世紀建設、中にはヴィト・ストフォシュの木彫祭壇(15世紀)がある
 (2014年撮影)
◉右/ヤギェウォ大学(クラクフ)
 14世紀創設、ポーランド最古の大学として知られる(2014年撮影)

 

 留学から帰国後に勤務した国立国際美術館(大阪)では、あまり情報の入ってこなかったポーランドの現代美術の紹介につとめ、2004年には「転換期の作法」というV4国(ヴィシェグラード4国。ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー)の現代美術、特に90年代に焦点を当てた展覧会を共同で企画することができました。展覧会準備のために何度も現地を訪れ、調査を重ねた末に実現した展覧会ですが、日本では初めて紹介される作家がほとんどで、覚えづらい長い名前も多く、また各国それぞれの詳しい歴史など背景についての知識なしでも楽しんでもらえるだろうかと不安もありました。作品を展示してみると、中欧諸国に共通するような、どこか西側諸国とは異なった趣が感じられる一方で、それぞれの国の文化的特質は異なっており、その複雑さも魅力の一つとして味わってもらえたのではないかと思います。遠いようで、意外に日本的な感性と近いように思われるところもありました。

 

 

◉左/織物会館(クラクフ中央広場)
 15世紀より取引の中心として賑わう。
 現在は2階と地階は美術館、1階には土産物屋が並ぶ(2014年撮影)
◉右/クラクフ現代美術館 MOCAK
 2010年開館。映画『シンドラーのリスト』で知られる、オスカー・シンドラーの琺瑯工場を再利用している。シンドラー博物館隣接(2011年撮影)

 

 前著『中欧のモダンアート』(2013年)に引き続き、このたび彩流社から出た『中欧の現代美術』は、第二次世界大戦後、現代に至るV4国の美術について紹介するものです。戦後、ソ連陣営に組み込まれての冷戦期を経て、1989年の東欧革命、そして2004年のEU加盟と、類似した歴史を共有しながらも、それぞれに特徴ある優れた美術を生み出し続けている姿が一覧できる、他に類を見ない書籍です。年表や図表、注釈なども詳しく掲載し、中欧地域の文化研究に寄与することを目指しました。政権交代から25年以上過ぎて、物も豊かに流通するようになり、暮らしぶりも当時とはかなり変化しました。それでも現地を訪れてみると、さまざまな文化的な蓄積の豊かさや新しい魅力に出会うことができます。本書がそうした魅力への誘いとなればと願っています。【写真筆者】

 

◉『中欧のモダンアート』(2013年7月刊行)◉『中欧の現代美術』(2014年12月刊行)