ほんのヒトコト

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第20回 ほんのひとこと
──中尾真理(『ジョイスを訪ねて――ダブリン・ロンドン英文学紀行』)

ジョイスを訪ねて』には「ダブリン・ロンドン英文学紀行」という副題がついているが、最初は『ダブリン―ロンドン:本日休講聖地巡礼中』という題を考えていた。

書き始めたころは『オコンネル橋からミレニアム橋へ』という題にしようと思っていた。しかし、オコンネル橋がダブリンにあることをどれだけの人が知っているだろう。「ダブリン―ロンドン」の方がわかりやすい。「本日休講」というのは大学の授業を休んで文学聖地を巡礼したことを強調したかったのだが、それは実は、1日でも授業を休んで呑気に文学三昧の旅に出るなど、今の大学ではおよそ許されない状況であることを、遠回しに、揶揄したかったからである。しかし、そんな諧謔が通じるだろうか。

私の頭の中にあったのは、ローレンス・スターンの『センティメンタル・ジャーニー』(1768)だった。海外へ行ったことがないために、「フランスに行ったこと、おありですか」と尊大な顔で皮肉を言われたのが、悔しくて、その場でフランス行きを決意すると、「シャツ六枚に絹の半ズボン」、「上着は今来ているのでよし」と鞄を整え、その足でドーヴァーへ駆けつけて定期船に乗り、ダッシュをふんだんに使った流麗な文の最後では、なんと、フランスのカレー港の旅館に落ち着いて、正餐をとっているという、あの長い、アクロバティックな、冒頭の文章が私の頭の中にあった。

人を喰った諧謔、反骨精神というのが英文学の真骨頂である。しかし、大学の出版助成金を申請するのに、反骨や諧謔が許されるだろうか。申請を決めた段階で、「本日休講」は消え、「聖地巡礼」は「英文学紀行」とまじめになった。

紀行文と言えば、玉村豊男氏の『ロンドン旅の雑学ノート』(ダイヤモンド社、1980年)が大好きである。気楽に読めて、含蓄が深い。注があって、情報源としても正確である。好奇心、関心の持ち方が自然で、しかも知的である。旅行に行くつもりがなくても、旅行に行ったことがなくても、読む価値のある一冊として、見習いたいと思っている。

自分では旅行をせずに、書物の中で空間移動するという意味では、出口保夫著『ロンドン・ブリッジ――聖なる橋の2000年』(朝日イヴニングニュース社、1984年)にも影響を受けた。こちらは時空を超えて歴史の旅でもある。「オコンネル橋からミレニアム橋へ」という題が最初に浮かんだのも、出口氏の『ロンドン・ブリッジ』が念頭にあったに違いない。

その他、無意識になぞっているのも含めて、これまでに読んだ、たくさんの本にお世話になった。There’s nothing new under the sun. 「太陽の下、新しいものなし」、旧約聖書にもある通り、すべて昔あったものを焼き直していくのだ。

「今、紙媒体の本は売れませんよ」

同僚の若い先生が言う。「紙媒体の本」という言い方に内心ショックを受けながら、そうは言っても紙媒体はやめられないと思う。片手で持てる、こぢんまりした、重くない本が好きだ。きなり色の頁と、紙の手触りに心が癒される。

心まで重くならない、中身の詰まった、軽やかな本がたくさん出ないものかと思う。夜、眠る前に読む癖がついて以来、片手で持てない、どっしりした本は敬遠するようになった。平静な気持ちで読み進み、いつ、どこでやめても平穏に眠りにつける……そんな本があればいい。過激、難解、深刻な内容でないのがいい。『ジョイスを訪ねて』はその点では、まず合格ではないだろうか。手ごろなサイズと重さで、いつやめても、惜しくない内容だ……

カヴァーの写真は旅行の際に私が撮った。ジョイス塔として知られる、マーテロ塔の写真である。カヴァー裏の海岸の景色も、同じくマーテロ塔の下で撮影した。海水浴もできる、サンディコウヴの海岸である。夏だから、空も海も青い。本の背も、表紙裏の見返しも同じ青で統一されている。

2004年の夏の旅ではデジカメで写真をたくさん撮ったが、うっかり、メモリー・カードを失くしてしまい、焼き増しができなくなった。写真を見るたびに、落としたメモリー・カードを思い出す。

カヴァーのマーテロ塔と、裏の海岸の景色が、青い海の色でつながるような装幀になったのは、デザイナーさんの配慮だ。装幀の打ち合わせで、デザイナーさんから提案されたのは、1案、2案、3案とあって、1案がマーテロ塔、2案が海の星教会付近の住宅の庭の写真、3案が裏表紙に使われている海の景色だった。2案もよかったのだが、英国中流風でジョイスのイメージには合わなかった。薔薇の植え込みのある芝生と、レンガ壁に白いレースのカーテンの出窓で、温かみと安定感のある表紙になりそうだった。しかし、ジョイスなら、やはりマーテロ塔か、海だろう。1案を選んだが、表と裏に二枚の写真を使うというデザイナーさんの再提案で、海岸の写真も生かされることになった。自分で撮った写真が、本のカヴァーになるのは、誇らしい気持ちである。

読書会で綿々と読んできたジョイス。そのジョイスと向かい合うために、出版のあてもないままに書き始めた『ジョイスを訪ねて』。カヴァーの写真を見ると、あの時は幸せだったとつくづく思う。2004年のブルームズ・デイの旅行も、2007年の時も、そのあと黙々と原稿を書いていた間も、あれは私の幸せな時代のことだったと、個人的な感慨にふける私である。

◉『ジョイスを訪ねて──ダブリン・ロンドン英文学紀行