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第19回 熊野は遠かった
──大東俊一(『日本人の聖地のかたち――熊野・京都・東北』)

 本書『日本人の聖地のかたち――熊野・京都・東北』で取りあげた聖地は6ヶ所ですが、それぞれの歴史的な形成過程に焦点をあてて書いたとはいえ、文献を調べるだけでは十分な叙述をすることはできません。実際に現地を訪れ、その場を体感することが不可欠です。「六地蔵めぐり」や「六道めぐり」は京都市ですので、東京からのアプローチは抜群です。山寺(立石寺)や会津若松郊外の「冬木沢詣り」も、アプローチにそれほどの問題はありません。問題は熊野です。東京から熊野までどのように行けばよいのか。地図や時刻表のページをあちらこちらめくりながら考える羽目になりますが、ちょっとした頭の体操です。

 熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)は和歌山県、花の窟神社は三重県南端の熊野市に位置します。東京からかの地に向かうには、交通の便は決して良いとは言えません。飛行機で羽田空港から南紀白浜空港に飛ぶか、それとも、東海道新幹線で名古屋駅まで行って紀勢本線に入るか、もしくは、同じく新幹線で新大阪駅経由で紀勢本線に乗って南下するか……。いくつかの経路がありますが、さらに、現地での移動手段、費用面や時間的な制約についても考慮しなくてはなりません。思案の結果、選んだのは名古屋経由でした。

 名古屋からはJR東海から出ている「南紀・熊野古道フリーきっぷ(中辺路コース)」(9,500円)が利用できました。名古屋駅と和歌山県の紀伊勝浦駅間で、特急「ワイドビュー南紀」の往復の指定席が利用できるうえ、紀伊勝浦駅と三重県の熊野市駅間で、紀勢本線の乗降が自由です。加えて、熊野三山をめぐるバス路線も乗降自由ときていますから、これを使わない手はありません。コスト・パフォーマンスから言いますと、これほど使い勝手の良い「きっぷ」はそうざらにはないでしょう。

 しかし、実際に乗ってみると、「熊野は遠かった」のひと言に尽きます。東京駅から名古屋駅まで、東海道新幹線の「のぞみ」で約1時間40分、名古屋駅から紀伊勝浦駅までは特急「ワイドビュー南紀」で4時間弱です。乗り換え時間も合わせると6時間ほどですので、東北新幹線ですと、とっくに終着駅の新青森駅に着いている時間です。また、東海道・山陽新幹線で言えば、博多駅を通り越し、九州新幹線の終点である鹿児島中央駅の手前まで行ける計算です。加えて、ディーゼル特急である「ワイドビュー南紀」の乗り心地は、お世辞にも良いとは言えません(JR東海の関係者の皆さま、スミマセン!)。とは言うものの、車窓からの景色は抜群です。山あり海あり清流ありで、飽きることがありません。とりわけ、熊野灘は場所や時間帯によって、さまざまな表情を見せてくれました。【写真1】(左下)は熊野古道・伊勢路の松本峠(三重県熊野市)から見た七里御浜(熊野灘)で、遠景の山々は熊野の山並みです。画面の中央右寄りで、浜に突き出ている小山の先端に、本書でも取りあげた花の窟神社があります。【写真2】(右下)は、同じく七里御浜にある国の天然記念物の「獅子岩」です。獅子が吠えているように見えます。

  

【写真1】七里御浜           【写真2】獅子岩

 熊野三山への参詣は紀勢本線の駅で終わるわけではありません。それからが本番です。速玉大社は新宮駅から歩いても行けるほどの距離ですから、さほど遠くはありませんが、那智大社は紀伊勝浦駅から路線バスで約30分、本宮大社に至っては新宮駅から1時間ほどバスに揺られることになります。しかも、バスの本数は一日数便ときています。

 平安時代の上皇たちの熊野詣は、京都から船で淀川をくだって大阪の天満橋へ、そして、そこから熊野街道をひたすら歩いて三山をめぐり帰京したと言いますから、その難行苦行の様子は想像に絶するでしょう。それに比べれば、上述のような行程での東京からの熊野詣はたいしたことはないかもしれませんが、現代でも難行苦行(?)であることには変わりありません。しかし、その難行苦行の果てに出会う熊野の風景、そして、熊野の神々と縁を結ぶことができたという感慨は、今も昔も変わりはないでしょう。熊野三山につきましては、本書で詳しく記しましたのでご覧いただくこととして、ぜひ現地を体験し、聖地性を五感で受けとめてみてください。まずは、どのようにして熊野までたどり着くか、頭の体操から始めましょう。【写真筆者】

◉『日本人の聖地のかたち――熊野・京都・東北