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第18回 新右翼の論理と行動とは何かを明らかにした
──木村三浩(『お手軽愛国主義を斬る』)

お手軽愛国主義を斬る──新右翼の論理と行動』が彩流社から12月8日刊行された。

本書は、これまで私が書いてきた雑誌、一水会機関紙(月刊レコンキスタ)などから理論展開を行ったものや、実践活動を通して問題提起したものを、体系的に脈絡のある形で一冊にまとめたものである。その労をとっていただいた編集者の茂山和也さんには感謝している。

“新右翼”と冠がついているが、その思考とはいかなるものか、それによってどのような行動が導き出され、何を発信、提起しているのかが、お分かりいただけるのではないか。目指しているのは、自主独立国家日本。もちろん革命でなく、維新であり、戦後体制からの脱却を主張しているものの、大日本帝国の光と影を照射している。巻末の格闘家・前田日明氏との対談に、そのことが詳しく書かれている(元総理の鳩山由紀夫氏との「尖閣列島」問題めぐる対談も収録している)。

とくに昨今の世情について、こう見ている。「反中」「反韓」を声高に叫んでいれば右翼ないし右翼的に思われる傾向が強くなっている。地に足を着けた本質的な議論をするのではなく、感情的に勇ましい言葉で相手を面罵することが右翼の作法であるかのような認識も形成されている。

そんなことで「右翼だ」なんてとんでもない。だが、もちろん、中国が覇権を伸ばしてくれば批判もするし、韓国が理不尽な要求をしてくれば反論する。是々非々で対処していくという姿勢を持つことが重要で、単なる好き嫌いの感情論で相手を侮蔑するのは日本精神とはいえない。

 

なぜこのような社会的な「感情表現」が出てきたのか。それは、冷戦終結による東西体制の解体と、北朝鮮による日本人拉致問題の解決が遅々として進まないことに業を煮やした感情をマス・メディアが助長させ、じっくり考える余裕なき思考の空間を排除しているからである。それは、簡単な情報だけを得るというネットの普及にも素因があろう。それによって知識の衰退を招き、一億総保守化が進んでいき、「お手軽愛国主義」を醸成していると言ってもよいのかも知れない。

 

このふわっとした愛国主義(ナショナリズム)は、本来の右翼思想とは違うものである。

右翼活動の本質は「尊皇精神、日本の歴史・伝統・文化に対する愛着、右翼活動の歴史、指導者たちの苦悩」を理解し学んでこそ、はじめて自他ともに右翼活動家と称することができるのではないか。さらに右翼活動には「お国のために」という自己犠牲の精神も宿っている。

最近の社会風潮への危機感、そして右翼として身をもって活動してきたからこそ、今まとめなければならないとして刊行したのである。

 

権力との緊張関係もそうだ。私は現在の安倍政権に対しゴーリズム(ド・ゴール主義)的期待を持っていたが、逆に集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法案、TPP参加などの政策、主権回復の日のデタラメさを見るにつけ、失望と同時に我が国を売り渡す所業としか認識できなくなっている。これは、対米従属をさらに強めることになり、グローバル化による「日本の溶解」の事態を招くことは必然で、あやまてる政策を強く非難せざるを得ない。本当は安倍首相に期待しているのだが、彼だけの問題でなく権力構造が対米従属になってしまっているのだ。これを打破することが現代維新であろう。「積極的平和主義」も一歩間違えば自衛隊の傭兵化にすぎないのだ。

 

さらに許しがたいことは、安倍政権は自存自衛を進めるのでなく、対米一体のもと中国、韓国などを刺激する言動を繰り返し、「お手軽愛国主義」の空気に点火させ、心をくすぐり、増長させていることだ。

思えば6年前、彩流社より『憂国論』を上梓した。その中でも、集団的自衛権の行使容認に対して、私なりに警鐘を鳴らしたつもりである。しかし、いよいよ今日、現実味を帯びてきた。これは我が国にとって、実に憂えなければならない問題である。

そうした中で、無批判に安倍首相を持ち上げる、「お手軽愛国主義」はもはや権力の僕(しもべ)に成り下がっているようにさえ見える。

 

現在の社会風潮が生まれてきた背景には、日本でも新自由主義がはびこり、競争、資本という単純な原理の中で「勝ち組」「負け組」を生み出すような格差社会の存在もある。そうした状況下で、自分たちを「承認」してもらいたいという一種の代償行為となって、ネット右翼・単なる感情ぶつけ行動がはびこってきている。しかし、その運動主体には自己犠牲の「決意」も「覚悟」も何もない。インターネットなどのお手軽ツールを使っての売名、何でもかんでもクレームをつけるというクレーマー的な手法で好き勝手なことを言っているだけだ。リアリティの完全な欠如である。そこから見えてくるのは、ストレス発散のばかばかしい行為だ。

 

これまでの冷戦時には、我々右翼には言論の自由がなかなか認められず、一方的に様々なところで左翼が大きな力を持った時代だった。自ずと左翼とは対峙しなければならなかった。刑務所行きを覚悟で、幾度となく肉弾戦で体を張ってきた。それは対左翼だけに限られたことではない。池子弾薬庫跡地への米軍住宅建設、日米安保廃棄、憲法改正、対米自立などの活動でもそうした覚悟を必要とした。1991年からの大アラブ解放戦争(イラクの戦い)のときは、アメリカによる対イラク封鎖の中で現地に赴き、イラクの要人たちと民族独立について話し合った。この姿勢は海外交流ネットワークとして現在も維持されている。

我々右翼がなすべきことは、感情をぶつけ、行動や聞くに堪えない言葉で面罵することではなく、本質的な議論を深め我が国の進むべき道を真剣に問うことである。一刻も早く、真の「自主独立」を取り戻し、我が国を再建していかなければならない。

 

私は、高校時代に右翼思想に興味を抱き、はや四十年以上が経つ。とくに「ヤルタ・ポツダム体制打倒青年同盟」の経団連会館占拠事件、鈴木邦男一水会顧問の『腹々時計と狼』、また野村秋介大人と鈴木顧問の対談「反共右翼からの脱却」などに影響を受け、新右翼の論理と行動を学び、今日まで活動を実践してきた。

本書はそうした私の行動を支える論理とは何かを浮き彫りにするため、これまで私が書いてきたものや対談をまとめたものである。私の思想のエッセンスが読みやすくまとめられていると思う。

本書の中でも指摘したが、どんどん日本が溶けてしまい、それこそ「無機質でニュートラルだが、中身のない空っぽな国」へと押し上げられようとしている。そんな日本であってはならない―と呻吟する私の心情が、あっちこっちに滲み出ている書である。

 

なお「猪瀬問題」については、「レコンキスタ416号」(平成26年1月1日発行)で詳細に述べているので、ぜひお読みいただきたい。

◉『お手軽愛国主義を斬る──新右翼の論理と行動