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第4回『ゲイの誕生』
『ゲイの誕生』が誕生するまでーー匠 雅音

◆「ホモ」と「ゲイ」はなぜ違うのか

1997年に『核家族から単家族へ』を上梓した時、すでに<年齢秩序の崩壊>がホモからゲイへの変化を促したと考えていた。また、伏見憲明の書いた『ゲイという経験』の書評を、2002年に自分のサイトに上げており、『ゲイの誕生』で展開した論理の原形を書いていた。しかし、その時には1冊の本にするほどには、考えが体系化していなかった。

2010年にでた風間孝と河口和也の『同性愛と異性愛』を読むと、過去の同性愛(=ホモ)と現代の同性愛(=ゲイ)は違うものだといっていた。そのとおりなのだが、彼らはなぜ違うのかについては論及していなかった。しかも、同性愛者が差別されていると言いながら、彼らは大学に籍を置いて給料をもらっているのだ。たしか伏見憲明もどこかの講師をやっていたはずだ。

差別されるって、真っ当な職業に就けないことじゃないかと思っていたボクは、同性愛者が本当に差別されているのか、ちょっと懐疑的になった。このままいくと、フェミニズムの衣装をまとった女性学者が、市井の働く女性を見捨てて大学に生息するように、同性愛者も大学にヌクヌクと生きるんじゃないか。そんな感じがしてきた。

大学人たちに任せておけなくなって、原稿を書き始めた。過去の同性愛(=ホモ)と現代の同性愛(=ゲイ)がなぜ違うのか、何時どう変わったのかを文字にするのは、家族論の中でずっと考え続けてきたので、それほど難しくなかった。第一稿は重複が多くて拙いものだったが、読める程度にはまとまってきた。そこで出版社をあたり始めたのだが、ここからが大変だった。

 

◆半信半疑からついに上梓

電話で尋ねると、どこの出版社も原稿は読むという。勇んで原稿を郵送すると、1〜2ヶ月後に、貴兄のご活躍をお祈りしていますという「お祈りの手紙」が返ってくるのだ。まず、『同性愛と異性愛』の岩波書店がダメ。みすず書房がダメ。筑摩書房は『男の絆』の担当者と会って、原稿を読んだら感想をお知らせすると言われた。しかし、なしのつぶて。マイナリティの権利擁護をかかげる明石書店も断ってきた。同性愛関係の出版を続けるポット出版も、当社で発刊する結論には至らなかったという。他にも平凡社、作品社、社会評論社、講談社メチエ、春秋社、新曜社などから、「お祈りの手紙」を受け取りづけた。

これだけ拒否され続けると、自分が間違ったことを書いているんじゃないか。原稿が悪いんじゃないかと、疑心暗鬼になってくる。就活で落ち続ける大学生と同じ心境である。そんなとき批評社の佐藤英之さんが、ユニークで読ませる原稿だというコメントともに、原稿に丁寧な赤を入れて返してくれた。読める編集者がいると、これには感動した。批評社から上梓することはできなかったが、キチンと読んでくれる人がいたことが嬉しかった。

2012年に文春新書から、竹内久美子の『同性愛の謎』というトンデモ本がでた。こんな本が市場に出ることに唖然とした。過去の同性愛(=ホモ)から現代の同性愛(=ゲイ)への変化こそ重視すべきで、この変化の原因は遺伝やホルモンの問題ではない。だいたい生理的な事柄に原因を求めたら、思想や哲学は不要になってしまう。ゲイの誕生は文化・社会的なことだと強調することにし、<ホルモンが原因ではない>という文章を書き加えた。

今回は、紹介者によって出版社を決めるつもりはなかった。あくまで持ち込みで、編集者と面識のない状態から、原稿の力だけで出版社を選びたかった。原稿を読まない、もしくは読めない編集者たちは多いが、編集者のOKがでないことには上梓はかなわない。元気を取りなおして、彩流社に原稿を送った。すると、初版印税なし(重版から10%)なら、出版を受けるというメールが来た。
[編集部註:出版条件は企画によって異なります]

テキスト原稿とカットなどを送るようにとの手紙と、赤の入った原稿が返送されてきた。しかし、まだ半信半疑だった。足かけ3年は長かったのだ。恐る恐るながら、初校にするべく推敲を始めた。できた初校を圧縮してメールに添付する。初校のゲラが上がり、著者校をして返送する。再校で校了にする。2度の著者校でいろいろと赤を入れてしまったが、編集者は黙って受け入れてくれた。この間、連絡はメールと郵便だけ。一度も会わなかった。

『ゲイの誕生』が書店の店頭に並んでから、はじめて編集者と会った。本は商品である。店頭に出た以上、売れなければ話にならない。今後は『ゲイの誕生』を売るための仕事が始まるだろう。しかし、すでに上梓してしまったので、筆者の肩から荷は降りている。あとは編集者の売る努力をサポートするだけだ。

 

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匠 雅音『ゲイの誕生