ほんのヒトコト

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第49回 新たな楽園を探して
──小林理子(『アイスランド紀行ふたたび』著者)

2019 年 6 月 5 日 水曜日

20代のころからかなりの旅好きだった。会社員だったが、休みが取れれば必ずと言っていいほど旅に出ていた気がする。といっても日本国内だけで、青春18きっぷを使って各駅停車で巡る旅である。北海道など早朝に出ても東京からでは八戸までで一日が終わってしまう。夜間フェリーに乗って北海道入り、なんてことをやっていた。のんびり旅は私にとって最高なのだ。で、車窓を見て「あ、ここステキ」と思ったら電車を降り、その地点までてくてく歩いて首から下げた一眼レフでフィルムに収める。次の電車が2時間待ち、も気にしない。

その「あ、ここステキ」がエスカレートしたのが、アイスランドをこよなく愛するようになった理由のひとつかなと思う。その前の「あ、ここステキ」ステップとして1年間にわたるオーストラリア一人旅がある。オーストラリアも人里を少し離れると「あ、ここステキ」がたくさんある国だ。もしオーストラリアへ行っていなかったら、アイスランド人バックパッカーのハルパとヘルマンに出会うこともなかっただろう。ふたりも相当な旅好きで初対面の時から話が合った。

ふたりに「ぜひ私たちの国へも来てね」と言われ、1996年3月初旬にアイスランドへ新婚旅行に出掛けた(当時はガイドブックも日本大使館もなく、旅行会社も詳しい情報を持っていなかったから、実現するのが大変だった)。ふたりの案内でいくつものダイナミックな「あ、ここステキ」を体感して帰国した。滝壺に吸い込まれそうな感覚に陥る大瀑布、大規模間欠泉、広大な溶岩流の原野などだ。私たち夫婦ともにどっぷりハマってしまう国だった。

普通、都心部はいわゆるコンクリートジャングルで、ちっとも楽しくないのに、アイスランドの首都レイキャヴィークは違う。最近は新しい建物もあるが、都会なのに「あ、ここステキ」がいっぱい見つかる。教会の高い展望台から見下ろすとおもちゃ箱をひっくり返したようなかわいらしい街並み、こぢんまりしたおしゃれなカフェ、店主自ら手編みしたニットを売っているショップetc.etc.。地方へ行けば、フィヨルド道路からは航空写真のように美しく広がる眺望、直接飲めるような清涼な湧水、たくさんの野鳥が巣作る断崖、どこまでも青く澄んだ氷河湖など、数え上げればキリがないほど「あ、ここステキ」が詰まっている。新婚旅行から3年後の1999年にはひとり、2ヵ月のアイスランド一周の旅に出掛けていた(このときの旅行記を2001年に『アイスランド紀行』として、さらに2007年に「その後のアイスランドとハルパ一家」を加えて『増補版 アイスランド紀行』として出版した)。

◉左:グトルフォスの滝。アイスランド語で「黄金の滝」の意(筆者撮影)
◉右:ハトリグリムスキルキャ教会展望台からのレイキャヴィーク市街の眺め(筆者撮影)

20世紀終盤にオフシーズンのアイスランドを二度旅し、今回、21世紀になってハイシーズンのかの国をふたたび訪れた。すごい! と思ったのは、自然環境が20年ほど前とまったく変わっていないことだ。観光客が増えても、人口が増えても、自然を守る。人の手はほとんど加えない。『アイスランド紀行』の帯で記したように、まさに北の楽園と呼んでふさわしい国だと思った。

ふたりに出会った1991年、ハルパが23歳、ヘルマンと私が25歳の若き旅人だった。ふたりは婚前旅行にオーストラリアに来ていた。当時の私は彼氏もおらず、ふたりを羨望のまなざしで見ていた気がする。アイスランドは事実婚が社会に広く浸透しているから、婚前旅行はもちろん、入籍が済んでいない妊娠・出産も一般的だ。実際、ハルパとヘルマンの間にも双子が生まれ、双子ちゃんに手のかからなくなったころに婚姻届を出し、挙式している。その双子ちゃんが小学校に上がった時、もうひとり女の子を儲けた。私たち夫婦には子供がいないが、互いの家族全員の誕生日にはプレゼントを贈り、クリスマスギフト(主に新年のカレンダー)のやり取り、折を見て写真付きの手紙を書いたりメールを打ったり、たまに国際電話でおしゃべりしたりしてきた。これらが四半世紀もの交友につながっている。遠く離れていても友情は続くものなのだ。

今回の旅のホームステイでお世話になったハルパ一家の現在を少し書くならば、ハルパは別の幼稚園の園長先生に昇格した。3月末に電話をしたところ「土曜も代替で出勤しなければならないことが多いのよ。午後3~4時間くらいだけどね」と笑って言っていた。末っ子シグリードゥは高校へ進み、ボーイフレンドができたの、と、ツーショット写真をメールしてきた。彼女の高校では、選択科目として日本語クラスがあり、次年度から日本語を取ろうと思っているそうだ。双子の女の子スーリードゥは獣医学のさらなる勉強のために英語で講義が受けられるスロヴァキアの大学に留学し、2021年に卒業してアイスランドへ帰ったら、本格的に獣医として働きたいとのこと。双子の男の子イングヴィは大学を卒業しソフトウエア・エンジニアとしてレイキャヴィーク市内の優良企業でバリバリ働いているという。ヘルマンはといえば、解体業の自分の会社の経営に飛び回っているそうだ。同時に家の改築の週末大工に精を出している。

生き方もステキでありたい。彼らを見ていて、そう思う。

◉断崖に巣作るパフィンの群れ。
漁解禁の時期には捕獲して食用にできる(Harpa Ingvadóttir 提供)

◉『アイスランド紀行ふたたび


第48回 ポーランド、リトアニアの旅──講演・受賞、恩師・学友との交流
──早坂眞理(『ベラルーシ』、『リトアニア』著者)

2018 年 8 月 7 日 火曜日

【Ⅰ】:筆者は今年、古希を迎える。人生、いろいろと曲折はあったが、思いがけないことがあるものだと驚くことがしばしばある。五月二八日から六月二三日にかけて五年ぶりにポーランドとリトアニアを旅行してきた。菩提樹の花が咲き誇り、かぐわしい香りが漂う街並みを散策しながら、素晴らしい一人旅を満喫できた。例年にない猛暑でミネラルウォーターとビールが欠かせない毎日であったが、楽しい思い出がまたひとつ増えたことに満足している。還暦を迎えてからは病気の連続で入退院を繰り返し、この年になるとごく一般的な、月並みな老人病に悩まされ、普通なら研究など諦めてよいはずなのだが、定年を迎えてすることもないので、別荘での庭仕事以外は、研究と称して昔風に言えば「机に向かって」、今風に言えば「パソコンに向かって」飽きもせずに仕事を続けている。 (続きを読む…)

第47回 ゆかいなセリアとマドリッド
──西村英一郎(『ゆかいなセリア』訳者)

2018 年 2 月 26 日 月曜日

『ゆかいなセリア』の主人公のセリアは、スペイン、マドリッドのセラーノ通りに住む裕福な家庭のおしゃまで、活発な7歳の少女です。セラーノ通りは、現在、高級ブティックや皮製品の店があって、日本の女性旅行者にも人気のあるところです。パリのサンジェルマンをモデルにして街区が発展してきましたが、お話のなかでセリアの家族も、スペイン的なものよりも、どちらかというとフランスのファッションや食べ物を楽しみながら暮らしています。

第5話「シンデレラ」では、セリアが仮面舞踏会とそのときのアンクロヤブル(信じがたい)豪華な衣装やフランスのお菓子を門番の娘ソリータに自慢しています。しかしソリータから近々行われる下町のカーニバル、お祭りに着るソリータのスペイン風の衣裳や食事の話を聞くと、フランスの事物ではなくて、スペインのお祭りのほうにセリアの気持ちが傾いていくくだりがあります。 (続きを読む…)

第46回 あなた自身の国の歴史に向き合うことが大事
──徳留絹枝(『アメリカ兵捕虜との和解──もうひとつの日米戦史』著者)

2017 年 12 月 18 日 月曜日

『旧アメリカ兵捕虜との和解』の著者・徳留絹枝さんが、このたび「勇気のメダル」という賞をシカゴで受賞された。この本は、太平洋戦争の戦地フィリピンで、、想像を絶するような酷い扱いを受けた旧日本軍の捕虜となった元米兵たちと、長年にわたる渾身の地道な支援と交流を続けた著者が、彼ら元米兵たちの体験を記録している。
米兵捕虜の体験は長い間、日本でも彼らの祖国でも広く知られることはなかった。本書では、捕虜たちのヒューマンヒストリー(生い立ち、出征、日本軍との戦闘、無残な捕虜収容生活、日本への移送、日本企業による炭鉱や港湾などの過酷な強制労働、母国への生還、戦後の両政府・企業への働きかけ、日本人との交流と和解…)を通し、75年にわたる生きた歴史をつぶさに伝えている。
受賞に際し、徳留さんから文章を寄せていただいた。 (続きを読む…)

第45回 『ヨーロッパ人』の装幀
──藤野早苗(ヘンリー・ジェイムズ『ヨーロッパ人』訳者)

2017 年 3 月 14 日 火曜日

 出版から5か月、友人、知人からの本書に対する反応もほぼ出尽くした感がある。90%の人の最初のコメントが「なんてきれいな本」とか、「いかにもヨーロッパ的な雰囲気ですてき」等々、装幀をほめてくれる言葉であった。訳者としては内容よりもまず装幀をほめられたことに戸惑いがなくもないが、まあ、内容についてはゆっくり読んでからだろうとあわてず、それよりも装幀をほめられたことに大いなる喜びを感じたのである。と言うのも私はカバーへのこだわりが非常に強い。著書の場合は自分の主張が伝わるようなカバーを……とこだわるが、今回は訳書であるから、何よりも原書の雰囲気を伝えられるようなものでなければならない。ジェイムズがこの作品に託したもの──1840年代のボストン近郊の人々のモラル・暮らしぶり、そして、その人々がヨーロッパから訪れた親戚の姉弟をとおして受け止めたヨーロッパの印象──をいかにカバーに表現できるのか……翻訳の作業中から私はしばしばキーボードを打つ手を休めて考えた。 (続きを読む…)

第44回 カバーと扉絵に見るエロティックなヴィクトリア朝
──田中孝信(田中孝信・要田圭治・原田範行編著『セクシュアリティとヴィクトリア朝文化』)

2017 年 1 月 24 日 火曜日

 本書を手に取った読者は誰しも、装幀の美しさに魅せられるだろう。それはひとえにデザイナーの渡辺将史さんのおかげなのだが、カバーと扉の図版を選んだ者として、序章のタイトルにもなっている「横溢するセクシュアリティ」の有様をそれら図版の観点から述べておきたい。

 カバー表と裏に用いたのは、アルフレッド・テニスン(1809-92)の詩「シャロットの姫」(1832)を題材とした19世紀後半の絵画である。まずは、詩の粗筋をおさらいしておこう。表題の名もなき姫は、「静寂の島」で「夜も昼も機を織り」、彼女の静的で受動的な存在を象徴する「青い鏡を通して」、外に位置する、アーサー王の宮廷があるキャメロットの世界を見つめている。自分には「忠誠を誓い、仕えてくれる騎士がいない」ことも意に介さない。しかし、鏡に映った、馬に乗って通り過ぎるランスロット卿の姿を見るや、たちまち男らしい彼の虜になってしまう。彼女は性に目覚めてしまったのだ。その影響は即座に「災い」となって現われ、「鏡は端から端までひび割れてしまう」。よりによって、すでに王妃グイネヴィアと恋愛関係にあった男に惚れてしまったのである。恋に狂った姫は、小舟に乗ると、情欲という災いによって「血が凍ってしまう」前に、自分の英雄のもとに辿りつこうとする。だが、愛する男性に溶け込み、彼の「炎」から生命力を得ることは叶わず、彼女は死んでゆく。その姿をたまたま目にしたランスロットは、まるで物を鑑賞するかのように「美しい顔をした女(ひと)だ」と評し、弔意を表するだけで騎士としての務めに赴く。 (続きを読む…)

第43回 『15歳の被爆者』その後
──狩野美智子(『15歳の被爆者』共著者)

2016 年 12 月 28 日 水曜日

※今回は、『15歳の被爆者』共著者の共著者のお一人で、長崎で被ばくされた狩野美智子さんのブログより、本の刊行とその後の報告文(3回連載、各回タイトルは編集部)を、ご本人の了解を得て転載させていただきます。

■(1)被爆者の私の戦前・戦中・戦後を本に

2016年8月15日に出版された「15歳の被爆者」は、あらかじめみなさまに出版費用を公募するクラウドファンティングという方法で、2015年7月に出発しました。当初は「85歳の被爆者」というタイトルでしたが、実は日が経ち、私が86歳になってしまいましたので、被爆時の年齢、15歳に変更しました。

お申し込みくださった方々、また、本をご購入下さった方々、本当にありがとうございました。普通の庶民の経験など、公にするのは全く烏滸がましいのです。そういう私の躊躇を許してくださり、戦争の中で育ち、15歳の時長崎に落とされた原子爆弾に遭い、直後の敗戦で、にわかに軍国主義が消滅して、素晴らしい民主主義の憲法までできたその嬉しさの中で青春を過ごし、「好きなように生きる」と決めただけの、波乱万丈ではなく、顕彰されたことは一度もなく過ごした、また欠陥だらけの人間にすぎないことは、自分が一番よく知っていますのに、こういう本を作ることに力を与えてくださいました。 (続きを読む…)

第42回 カナダの歴史と文学を彩るヒロインたち
──長尾知子(ちかこ)(『英系カナダ文学研究──ジレンマとゴシックの時空』)

2016 年 12 月 20 日 火曜日

 英系カナダの国民文学を扱った本書『英系カナダ文学研究――ジレンマとゴシックの時空』には、カナダの歴史と文学を代表するヒロインが登場する。1人目は、カナダ史上随一のヒロイン、ローラ・シコード(Laura Secord, 1775-1868)。本書第9章で「女性ゴシック」として論じたジェイン・アーカート(1949-)の『ワールプール』(1986)の中で、軍事歴史家デイヴィッドが惚れ込む歴史上のヒロインである。彼の妻フリーダは、夢に出てきたローラと瓜二つという。作品のヒロイン、フリーダの人生行路にも影を落とすローラとは、どんな女性だったのか。知る人ぞ知るエピソードを紹介しよう(https://www.historicacanada.ca/content/heritage-minutes/laura-secord参照)。 (続きを読む…)

第41回 ホテルの「ヘリテッジ」
──平林美都子(『イギリス・ヘリテッジ文化を歩く──歴史・伝承・世界遺産の旅』共著者)

2016 年 8 月 29 日 月曜日

 『イギリス・ヘリテッジ文化を歩く──歴史・伝承・世界遺産の旅』の執筆のため、近年何度もイギリスを訪れた。地方の宿選びには、宿泊料が高くないことはもちろんだが、鉄道駅に近いこととレストラン付きというのが必須条件となる。ロンドンで宿泊する場合は食事に困ることはないが、地方で泊まるとき、とくに夜遅く到着した場合には、イギリスの多くの鉄道駅が繁華街から離れているため夕食をとるのが難しくなる。ホテルから2~30分歩いても、パブしか見つからないということもある。食事ができるパブもあるが、そういうときに限ってなかなか見つからないものである。だからレストラン付きのホテルというのは、結構重要な条件である。このような最小限の条件で選んだ宿が、後になって「ヘリテッジ」性を持っていたことがわかると、とても得をした気分になるものだ。以下、産業遺産/温泉地のフィールド調査で利用した二つのホテルを紹介したい。 (続きを読む…)

第40回『エミシはなぜ天皇に差別されたか』──林順治

2016 年 8 月 2 日 火曜日

私は東京世田谷の下馬で生まれましたが、3歳と8ヵ月のときか父母の郷里福村深井で育ちました。旧姓は“福岡”と申します。ですが、不思議なことに深井に来てから小学校に入るまでの記憶がまったくといってないのです。あるとすれば、母の背中からぼんやりと緑色にキラキラ光る田圃を眺めていたことぐらいです。

それとは逆に下馬にいたころ母に抱かれて多摩川に入ったことや三輪車で走りまわったことやトラックの荷台から落ちたことなど記憶しています。母によれば、深井に移住してからしばらくして、1週間ほど眠り病のような状態になり大変心配したそうです。おそらく母の背中から裏の水田がぼんやり見えたのはそのころかもしれません。

私は兄八人、姉2人の11人兄弟姉妹の末っ子です。ですから父母にとても甘やかされ、すぐ上の兄2人にはやっかみからかよく泣かされ喧嘩もしました。 (続きを読む…)