ほんのヒトコト

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ゆかいなセリアとマドリッドーー西村英一郎(『ゆかいなセリア』)

2018 年 2 月 26 日 月曜日

『ゆかいなセリア』の主人公のセリアは、スペイン、マドリッドのセラーノ通りに住む裕福な家庭のおしゃまで、活発な7歳の少女です。セラーノ通りは、現在、高級ブティックや皮製品の店があって、日本の女性旅行者にも人気のあるところです。パリのサンジェルマンをモデルにして街区が発展してきましたが、お話のなかでセリアの家族も、スペイン的なものよりも、どちらかというとフランスのファッションや食べ物を楽しみながら暮らしています。

第5話「シンデレラ」では、セリアが仮面舞踏会とそのときのアンクロヤブル(信じがたい)豪華な衣装やフランスのお菓子を門番の娘ソリータに自慢しています。しかしソリータから近々行われる下町のカーニバル、お祭りに着るソリータのスペイン風の衣裳や食事の話を聞くと、フランスの事物ではなくて、スペインのお祭りのほうにセリアの気持ちが傾いていくくだりがあります。

ところで、カーニバルですが、キリストの復活祭の日から四旬節と言われる断食の期間40日間をさかのぼった(日曜日は数えません)水曜日の前日3日間と決められています。今年を例にとると、4月1日が復活祭の日で、さかのぼった水曜日(四旬節の初日)が2月14日。カーニバルが3日間とすると、2月11日から13日ということになります。日本では、毎年、リオのカーニバルのニュースが届きますが、今年は平昌オリンピックでかき消されています。

セリアの連載が始まった1929年は復活祭が3月31日でしたので、今年と1日ずれているだけです。ですから、カーニバルは2月10日から12日に行われたことになります。なお当時の新聞記事によると、ピントール・ロサーレス通りでのカーニバルはこの年が最後で、翌年からは別のところに移されたとあります。山車(だし)のほか当時は目新しい自動車も列に加わりパレードはにぎわいました。

キリスト教を基本とするフランコ政権ができると、異教の風習であるとして、カーニバルは禁止になります。今はカーニバルが復活して、盛んな地域や町があります。第5話のなかにあるように子どもたちは仮装して楽しみます。現在はそうした衣裳やグッズはネットで購入するようです。それと子どもたちが楽しめるように仮装はカーニバルの前の土、日です(今年で言えば、2月10日、11日)。

ソリータの家族は、カーニバルで宿屋と食堂を兼ねた下町の店であばら骨つきの肉(チョップ、スペイン語ではchuletaチュレータと言う)を食べるのを楽しみにしています。フランス語のカツレツにあたりますが、パン粉をつけて揚げる日本人になじみのカツレツとは違い、フライパンの上で焼いただけの肉料理です。

それから月の暦にしたがいますので、復活祭が4月の下旬になる年は、カーニバルは3月初めに行われます。

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(N)

第46回 あなた自身の国の歴史に向き合うことが大事――徳留絹枝(『アメリカ兵捕虜との和解――もうひとつの日米戦史』著者)

2017 年 12 月 18 日 月曜日

『旧アメリカ兵捕虜との和解』の著者・徳留絹枝さんが、このたび「勇気のメダル」という賞をシカゴで受賞された。この本は、太平洋戦争の戦地フィリピンで、、想像を絶するような酷い扱いを受けた旧日本軍の捕虜となった元米兵たちと、長年にわたる渾身の地道な支援と交流を続けた著者が、彼ら元米兵たちの体験を記録している。
米兵捕虜の体験は長い間、日本でも彼らの祖国でも広く知られることはなかった。本書では、捕虜たちのヒューマンヒストリー(生い立ち、出征、日本軍との戦闘、無残な捕虜収容生活、日本への移送、日本企業による炭鉱や港湾などの過酷な強制労働、母国への生還、戦後の両政府・企業への働きかけ、日本人との交流と和解…)を通し、75年にわたる生きた歴史をつぶさに伝えている。
受賞に際し、徳留さんから文章を寄せていただいた。 (続きを読む…)

第45回 『ヨーロッパ人』の装幀
──藤野早苗(ヘンリー・ジェイムズ『ヨーロッパ人』訳者)

2017 年 3 月 14 日 火曜日

 出版から5か月、友人、知人からの本書に対する反応もほぼ出尽くした感がある。90%の人の最初のコメントが「なんてきれいな本」とか、「いかにもヨーロッパ的な雰囲気ですてき」等々、装幀をほめてくれる言葉であった。訳者としては内容よりもまず装幀をほめられたことに戸惑いがなくもないが、まあ、内容についてはゆっくり読んでからだろうとあわてず、それよりも装幀をほめられたことに大いなる喜びを感じたのである。と言うのも私はカバーへのこだわりが非常に強い。著書の場合は自分の主張が伝わるようなカバーを……とこだわるが、今回は訳書であるから、何よりも原書の雰囲気を伝えられるようなものでなければならない。ジェイムズがこの作品に託したもの──1840年代のボストン近郊の人々のモラル・暮らしぶり、そして、その人々がヨーロッパから訪れた親戚の姉弟をとおして受け止めたヨーロッパの印象──をいかにカバーに表現できるのか……翻訳の作業中から私はしばしばキーボードを打つ手を休めて考えた。 (続きを読む…)

第44回 カバーと扉絵に見るエロティックなヴィクトリア朝
──田中孝信(田中孝信・要田圭治・原田範行編著『セクシュアリティとヴィクトリア朝文化』)

2017 年 1 月 24 日 火曜日

 本書を手に取った読者は誰しも、装幀の美しさに魅せられるだろう。それはひとえにデザイナーの渡辺将史さんのおかげなのだが、カバーと扉の図版を選んだ者として、序章のタイトルにもなっている「横溢するセクシュアリティ」の有様をそれら図版の観点から述べておきたい。

 カバー表と裏に用いたのは、アルフレッド・テニスン(1809-92)の詩「シャロットの姫」(1832)を題材とした19世紀後半の絵画である。まずは、詩の粗筋をおさらいしておこう。表題の名もなき姫は、「静寂の島」で「夜も昼も機を織り」、彼女の静的で受動的な存在を象徴する「青い鏡を通して」、外に位置する、アーサー王の宮廷があるキャメロットの世界を見つめている。自分には「忠誠を誓い、仕えてくれる騎士がいない」ことも意に介さない。しかし、鏡に映った、馬に乗って通り過ぎるランスロット卿の姿を見るや、たちまち男らしい彼の虜になってしまう。彼女は性に目覚めてしまったのだ。その影響は即座に「災い」となって現われ、「鏡は端から端までひび割れてしまう」。よりによって、すでに王妃グイネヴィアと恋愛関係にあった男に惚れてしまったのである。恋に狂った姫は、小舟に乗ると、情欲という災いによって「血が凍ってしまう」前に、自分の英雄のもとに辿りつこうとする。だが、愛する男性に溶け込み、彼の「炎」から生命力を得ることは叶わず、彼女は死んでゆく。その姿をたまたま目にしたランスロットは、まるで物を鑑賞するかのように「美しい顔をした女(ひと)だ」と評し、弔意を表するだけで騎士としての務めに赴く。 (続きを読む…)

第43回 『15歳の被爆者』その後
──狩野美智子(『15歳の被爆者』共著者)

2016 年 12 月 28 日 水曜日

※今回は、『15歳の被爆者』共著者の共著者のお一人で、長崎で被ばくされた狩野美智子さんのブログより、本の刊行とその後の報告文(3回連載、各回タイトルは編集部)を、ご本人の了解を得て転載させていただきます。

■(1)被爆者の私の戦前・戦中・戦後を本に

2016年8月15日に出版された「15歳の被爆者」は、あらかじめみなさまに出版費用を公募するクラウドファンティングという方法で、2015年7月に出発しました。当初は「85歳の被爆者」というタイトルでしたが、実は日が経ち、私が86歳になってしまいましたので、被爆時の年齢、15歳に変更しました。

お申し込みくださった方々、また、本をご購入下さった方々、本当にありがとうございました。普通の庶民の経験など、公にするのは全く烏滸がましいのです。そういう私の躊躇を許してくださり、戦争の中で育ち、15歳の時長崎に落とされた原子爆弾に遭い、直後の敗戦で、にわかに軍国主義が消滅して、素晴らしい民主主義の憲法までできたその嬉しさの中で青春を過ごし、「好きなように生きる」と決めただけの、波乱万丈ではなく、顕彰されたことは一度もなく過ごした、また欠陥だらけの人間にすぎないことは、自分が一番よく知っていますのに、こういう本を作ることに力を与えてくださいました。 (続きを読む…)

第42回 カナダの歴史と文学を彩るヒロインたち
──長尾知子(ちかこ)(『英系カナダ文学研究──ジレンマとゴシックの時空』)

2016 年 12 月 20 日 火曜日

 英系カナダの国民文学を扱った本書『英系カナダ文学研究――ジレンマとゴシックの時空』には、カナダの歴史と文学を代表するヒロインが登場する。1人目は、カナダ史上随一のヒロイン、ローラ・シコード(Laura Secord, 1775-1868)。本書第9章で「女性ゴシック」として論じたジェイン・アーカート(1949-)の『ワールプール』(1986)の中で、軍事歴史家デイヴィッドが惚れ込む歴史上のヒロインである。彼の妻フリーダは、夢に出てきたローラと瓜二つという。作品のヒロイン、フリーダの人生行路にも影を落とすローラとは、どんな女性だったのか。知る人ぞ知るエピソードを紹介しよう(https://www.historicacanada.ca/content/heritage-minutes/laura-secord参照)。 (続きを読む…)

第41回 ホテルの「ヘリテッジ」
──平林美都子(『イギリス・ヘリテッジ文化を歩く──歴史・伝承・世界遺産の旅』共著者)

2016 年 8 月 29 日 月曜日

 『イギリス・ヘリテッジ文化を歩く──歴史・伝承・世界遺産の旅』の執筆のため、近年何度もイギリスを訪れた。地方の宿選びには、宿泊料が高くないことはもちろんだが、鉄道駅に近いこととレストラン付きというのが必須条件となる。ロンドンで宿泊する場合は食事に困ることはないが、地方で泊まるとき、とくに夜遅く到着した場合には、イギリスの多くの鉄道駅が繁華街から離れているため夕食をとるのが難しくなる。ホテルから2~30分歩いても、パブしか見つからないということもある。食事ができるパブもあるが、そういうときに限ってなかなか見つからないものである。だからレストラン付きのホテルというのは、結構重要な条件である。このような最小限の条件で選んだ宿が、後になって「ヘリテッジ」性を持っていたことがわかると、とても得をした気分になるものだ。以下、産業遺産/温泉地のフィールド調査で利用した二つのホテルを紹介したい。 (続きを読む…)

第40回『エミシはなぜ天皇に差別されたか』──林順治

2016 年 8 月 2 日 火曜日

私は東京世田谷の下馬で生まれましたが、3歳と8ヵ月のときか父母の郷里福村深井で育ちました。旧姓は“福岡”と申します。ですが、不思議なことに深井に来てから小学校に入るまでの記憶がまったくといってないのです。あるとすれば、母の背中からぼんやりと緑色にキラキラ光る田圃を眺めていたことぐらいです。

それとは逆に下馬にいたころ母に抱かれて多摩川に入ったことや三輪車で走りまわったことやトラックの荷台から落ちたことなど記憶しています。母によれば、深井に移住してからしばらくして、1週間ほど眠り病のような状態になり大変心配したそうです。おそらく母の背中から裏の水田がぼんやり見えたのはそのころかもしれません。

私は兄八人、姉2人の11人兄弟姉妹の末っ子です。ですから父母にとても甘やかされ、すぐ上の兄2人にはやっかみからかよく泣かされ喧嘩もしました。 (続きを読む…)

第39回 <ヒトラーはなぜユダヤ人を憎悪したか>
──林順治

2016 年 3 月 24 日 木曜日

アウシュヴィッツ平和博物館講演、林順治。2016年1月31日

 

皆様今日は、只今紹介に預かりました林順治と申します。松尾芭蕉の「奥の細道」で有名な“白河の関”の地にお招きいただき光栄に思います。

自己紹介を兼ね東日本大震災に関係する話をして、追悼の言葉とさせていただきたいと思います。私は三一書房の編集者時代から現在まで古代史を中心とした本を20冊ほど出版しました。2001年の『馬子の墓』を最初に『義経紀行』『漱石の時代』『ヒロシマ』の4冊は在職中のものです。これら4冊は400字原稿で1500枚を越える厚い本です。残りの17冊は出版社を辞めた2006年以降の出版です。

私が書くテーマは古代史だけではなく中世・近現代史や漱石・啄木の文学評論にまで至っています。これらの出版で忘れられないのは2011年(平成23)3月11日の東日本大震災です。この年は『漱石の秘密』(論創社、10月)と『仁徳陵の被葬者は継体天皇だ』(河出書房新社、11月)を出しました。お話したいのは漱石のエピソードです。 (続きを読む…)

第38回 『ワーキングガールのアメリカ』その後
──山口ヨシ子(『ワーキングガールのアメリカ──大衆恋愛小説の文化学』)

2016 年 1 月 4 日 月曜日

 一冊の本を出版した後は、つねに後悔がつきまとう。扱うべきであったのに、紙幅の都合上などで扱うことのできなかった作品や資料が多々あるゆえに、後悔の念にとらわれるのである。『ワーキングガールのアメリカ──大衆恋愛小説の文化学』を上梓して三か月になろうとしているが、校了した直後に、以前に注文していた一冊の貴重な本が届いたことから、今回も、その思いが強い。 (続きを読む…)