版元ドットコムで買う
営業日2~5日でお届けします
お支払は郵便振替(到着後後払い)・クレジットカード(VISA MasterCard DC JCB AMEX Diners Nicos UFJ)がご利用になれます
暴力・窃盗・非行、親から見放された子どもたち、未成年者にかかわる法的側面の一切が少年裁判所で決定される。とはいえ、裁判所のなかには法廷がたくさんあって、そこに大勢の裁判官が出入りし、そのつど入替制で裁判するのかといえばそうではない。一人の裁判官が始めから終わりまで裁判をするのだ。少なくとも、少年裁判所ではそうなっている。少年少女による凶悪な犯罪を裁く「ミンダ少年裁判所」(シドニー)。初の民間公募裁判官で、女性裁判官となったホルボロー女史。就任初日から、凶悪犯罪を犯した少年少女、身に抱える問題で非行に走った少年少女、そして親元から離れて暮らす少年少女、彼らと接する毎日を送る。長年、判事を務めた女史が、少年犯罪、そして少年の福祉に関わる多くの事件のなかから子どもたちを通して現れた社会の問題点を探る。
1930年シドニー生まれ。1945年、糖尿病のためシドニー市内のハイスクールを15歳で中退。19歳で結婚。長男流産、長女出産を経て結婚生活が破綻。法律事務所で働いたのち、一念発起して高校卒業資格を取り、シドニー大学法学部へ。1969年、弁護士資格を取得し市内の低所得者居住地区に事務所開設。1981年、全国で最も重い罪を抱える少年を扱うミンダ少年裁判所初の民間公募判事となる。初の女性判事でもある。少年裁判所の改革に常に心を砕く。波乱の多かった12年間の判事生活に終止符を打ち、1994年に退官。以後、未成年者の権利擁護のために積極的に活動。オーストラリア勲章(OAM)を受賞。
1940年生まれ。国際基督教大学、上智大学、アメリカンスクール・イン・ジャパン、西オーストラリア工業大学等で日本語助手、講師を務めた後、1993年オーストラリアに移住。1999年より南オーストラリア州立職業訓練機関アデレードTAFE通訳・翻訳家養成課程講師。
トラックバックURI
コメント / トラックバックはありません |コメントを見る/コメントする
コメントをどうぞ