呉 修竹回想録在日台湾人の戦後史

在日台湾人の戦後史 呉 修竹回想録

呉 修竹 著, 何 義麟 編
A5判 / 374ページ / 上製
定価:3,700円 + 税
ISBN978-4-7791-2523-2 C0021
奥付の初版発行年月:2018年09月 / 書店発売日:2018年09月13日
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内容紹介

在日華僑社会における戦後政治運動、核心の証言!

戦後、在日華僑は日本、中国、台湾の揺れる国際関係
のなかで、板挟みの困難な立場に立たされてきた。
大陸、台湾の出身を問わず、北京か台湾かのいずれか
の支持を求められる状態は、
イデオロギーだけでなく、様々なファクターで
華僑社会の“分断”を働きかけた。

それにも拘わらず、未来への可能性を求めて活動し、
そして、ナショナル・アイデンティティを求めた
在日台湾人にとって、国民党も中国共産党も
“儚い夢”と化してしまった……。
戦後の日・中・台の歴史的関係を映す貴重な手がかり。

著者プロフィール

呉 修竹(ゴ シュウチク)

ご・しゅうちく
1922年、台湾彰化生まれ。
1943年、中央大学法学部に入学
1946年、大学院に進学、翌年中退。
戦後、台湾学生連盟及び東京華僑連合会の幹部を経て、
東京華僑総会の理事として華僑運動の中核メンバー
として活躍。
1964-67年、亜細亜通信社常務取締役
1974年、台湾省民会理事兼事務局長
1977年、副会長担当
1981年、事務局長辞任まで機関誌『台湾省民報』編集担当
1989年、天安門事件後華僑総会離脱
1997年、57年ぶりに一時帰台
2015年9月、逝去。

何 義麟(カ ギリン)

か・ぎりん
国立台北教育大学台湾文化研究所教授。
1962年、台湾花蓮生まれ。
1984年、東呉大学日本語学科卒業
1999年、東京大学大学院総合文化研究科学術博士取得。
著書に、
『二・二八事件――「台湾人」形成のエスノポリティクス』
(東京大学出版会、2003年、第20回大平正芳記念賞)、
『台湾現代史――二・二八事件をめぐる歴史の再記憶』
(平凡社、2014年)など。
論文に、
「戦後日本における台湾人華僑の苦悩
――国籍問題とそのアイデンティティの変容を中心にして」
『大原社会問題研究所雑誌』No.679(2015年5月)、
「GHQ占領期における在日台湾人の出版メディアと言説空間」
『《日本台湾学会報》第17号』(2015年9月)など。

目次

【主な目次内容】

解説──ある在日台湾人の精神の軌跡

第一部 呉修竹回想録

まえがき

第一章 出自と学校生活

第二章 台湾学生連盟から華僑総会へ(1945〜1947)

第三章 「波瀾の歳月」に向けて(1947〜1951)

第四章 花岡事件と殉難者遺骨送還(1951〜1955)

第五章 日本政府及び国民党との闘い(1955〜1964)

第六章 通信社と貿易会社の体験(1964〜1973)

第七章 台湾省民会の動向(1973〜1981)

第八章 国民党分析と中共認識

結語

コラム(5編収録) 
1 留日華僑民主促進会と『華僑民報』

3 花岡事件と俘虜殉難者の遺骨送還運動

4 亜細亜通信社と中国通信社

5 台湾省民会と『台湾省民報』 ほか

第二部 呉修竹著作集(25編収録)

1「〈学び方〉の問題――文科の学生に與ふ(1)(2)」

2「べら棒な華僑への税金」

3「対日講和と中国の立場」

7「浜松収容所収容者の台湾強制送還に反対する抗議文」
                    (1955年)

8「興安丸の舞鶴出港不能に対する声明書」(1955年)

11「台湾を豊かな省に──帰国参観から感じたこと」

24「北京人民大会堂開催予定の〈座談会〉の発言原稿」ほか

第三部 呉修竹翻訳集(6編収録)

1「中国共産党中央委員劉少奇の『国際主義と民族主義を論ず』
   ――毛澤東はチトー化するか」
 
6 「認同から中国再認識へ」(原題「従認同到重新認識中国」)
                           ほか

・境界を越えた人生
       ──大叔父 呉修竹と大叔母 小林幸子(佐藤 円)

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