シネマ・クリティック

シネマ・クリティック DISCOURS DU CINEMA

栗原 好郎 著
四六判 / 184ページ / 並製
定価:1,800円 + 税
ISBN978-4-7791-2157-9 C0074
奥付の初版発行年月:2015年08月 / 書店発売日:2015年08月20日
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内容紹介

映画館システムが崩れ、自宅などで自由に
映画が再生できるようになった現在、
映画館で観る映画と、自宅などで観る映画は
果たして同じものか、同じレベルで論じていいのか。
結論は出ないが、今言えるのは、
密室空間で、不特定多数の人と一緒に同じスクリーンを観る
映画館システムが崩壊しつつあるということだ。

少数の見知った人と画像を観る体験は同質のものを
求めるlike の世界だろうし、それに対し、
見知らぬ人々と時間を共有し同じスクリーンを観るという
体験は、異質なものを求めるlove の世界と同質のものだろう。
交わりの空間がそこにできれば幸いだが、他者不在の個だけを
突き詰めた先には不毛な世界が待っているのではないだろうか。

異なるものを受け入れて、自分の世界を再構築する場としての
映画館は、もはやノスタルジーの対象でしかないのだろうか。

小奇麗なシネコンの館内で観る映画は、小汚い、胡散臭さが漂う
昔風の映画館を駆逐してしまった。
昔はいざ知らず、還暦を超えた今は僕も、DVDとかでごまかして
映画を観ることも多くなってきた。
簡便に映画を、いつでもどこでも観ることが出来るようになった
のは慶事だが、非日常の空間だった映画が日常性との間で
揺れ動いている現実を見るのは寂しい気もする。
本書ではそうした現状を凌駕するような痛快な映画をご紹介する。

著者プロフィール

栗原 好郎(クリハラ ヨシロウ)

YOSHIRO KURIHARA
1954 年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
九州大学大学院文学研究科修士課程修了。
専門は映画研究、フランス18世紀文化研究。
主な著書に『燦然たるオブジェたち』(花書院)、『シネテック』
(九州工業大学付属図書館)等がある。

目次

[第1章] アニエス・ヴァルダ論の余白に
[第2章] トリュフォーにおける教育
[第3章] 建国神話としての西部劇
[第4章] 「赤狩り」時代の映画作家たち
[第5章] ヒッチについて私が知っている二、三の事柄
[第6章] 知られざるキューブリック
[第7章] ゴジラ映画の光と影
[第8章] 宮崎駿のアニメ
[第9章] 黒澤明とシェイクスピア
[第10章] 岩井俊二の『Love Letter』
[第11章] 失われた家族の絆『裸の島』論
[第12章] 『シェルブールの雨傘』論
[第13章] 『青春デンデケデケデケ』論
[第14 章] 『八日目』上昇と下降のドラマ

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