イサム・ノグチの母の生涯レオニー・ギルモア

レオニー・ギルモア イサム・ノグチの母の生涯 Leonie Gilmour When East Weds West

エドワード・マークス  著, 羽田 美也子 訳, 田村 七重 訳, 中地 幸 訳
A5判 / 544ページ / 並製
定価:5,000円 + 税
ISBN978-4-7791-1978-1 C0023
奥付の初版発行年月:2014年01月 / 書店発売日:2014年01月22日
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内容紹介

20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ。その母の数奇な運命を、
未発表を含む原資料で見事に描いた初の評伝!
写真100点。

日露戦争を機に日米両国で脚光を浴びることになる詩人ヨネ・ノグチ。
その校正者として出会ったレオニー・ギルモアは、入籍することなく
仕事上の伴侶としてその半生を送る。ヨネの求めで来日するが、
正妻のいるヨネとは別れ、ラフカディオ・ハーンの長男の英語教師をはじめ、
さまざまな仕事を通して、多くの文化人との交流を深める。
残された手紙や随筆は優れて文学的である。
イサム以外にも、日本人との間に娘アイレスを出産。
1920年に帰米、二人の子どもを育て上げるひたむきな生涯であった。

版元から一言

(社)日本図書館協会 選定図書

著者プロフィール

エドワード・マークス (マークス,エドワード)

Edward Marx 愛媛大学准教授。ニューヨーク市立大学博士。
著書に
The Idea of a Colony: Cross-Culturalism in Modern Poetry
(Univ. of Toronto, 2004)
共著に
Women and British Aestheticism
(Charlottesville: University of Virginia Press, 2000)
Modernity and East-West Literary Criticism
(Madison Teaneck: Fairleigh Dickinson Univ. Press;
London: Associated Univ. Presses, 2001) ほか。

羽田 美也子(ハダ ミヤコ)

日本大学非常勤講師。博士(国際関係)。
著書に『ジャポニズム小説の世界―アメリカ編』(彩流社、2005年)。
共著に『知の新視界―脱領域的アプローチ』(南雲堂、2003年)、
『二〇世紀文学を学ぶ人のために』(世界思想社、2007年)。
監修・英文解説に『アメリカ女性作家の描いた日本』〔エディション・シナプス社〕
第1回メアリー・フェノロサ&フランアセス・リトル作品集(2010年)、
第2回オノト・ワタンナ作品集(2011年)。

田村 七重(タムラ ナナエ)

愛媛大学国際連携推進機構非常勤講師を経て、
現在同機構キャリア・コンサルタント。
共編著にBaseball Haiku :The Best Haiku Ever Written About the Game
(New York: W.W. Norton, 2007) やWabi Sabi (Little Brown, 2008)がある。
2001年より正岡子規英訳俳句カレンダーを制作するShiki Project 代表。

中地 幸(ナカチ サチ)

都留文科大学教授。オハイオ大学博士(英文学) 。
2009年フルブライト客員研究員。
最近の共著に
The Other World of Richard Wright: Perspectives on His Haiku
(University Press of Mississippi, 2011年)、
『作品は作者を語る―アラビアン・ナイトから丸谷才一まで』
(春風社、2011年)、『亡霊のアメリカ文学―豊穣なる空間』
(国文社、2012年)、『ジェンダーで拓く共生社会』(論創社、2013年)
などがある。

目次

前書き 

序 章 
一九〇五年三月下旬のある日、ハーバード大学にほど近い、ブラットル通りの独立戦争時代に建てられた住居に手紙が届けられた。

第1章 生い立ち(1873―1896) 
一八七三年六月一七日、ニューヨーク・シティのロウアー・イーストサイドでレオニー・ギルモアが誕生した日は、アメリカ合衆国の女性の権利の歴史において重要な日であった。

第2章 ニューヨークとニュージャージー時代(1896―1904) 
病気の回復を待ってレオニーはニューヨークの家族のもとに帰り、仕事を探した。自分にできそうな仕事を求めて教職、編集、翻訳、そして時折は事務の仕事と、様々な分野にあたってみた。

第3章 ロサンジェルス時代(1904―1907) 
レオニーは、ロサンジェルス時代をボイル・ハイツというところで過ごした。


第4章 東京時代(1907―1911) 
野口はイサムが日本に到着した時のことを書いた記事を、カリフォルニアの『サンセット』誌とロンドンの『ネーション』誌に送っている。

第5章 神奈川時代(1911―1920) 
レオニーとイサムは四年半東京に住んだ。大森には一年足らずしかいなかったが、一九一一年秋には、今度は更に南に下り、横浜も越えて、海辺の町茅ヶ崎へと引っ越した。

第6章 帰 国(1920―1933) 
レオニーとアイレスは横浜港を一月二五日に中国郵船会社の南京号で出港し、二月一一日にサンフランシスコに到着した。

附 録 
 ジョージ・メレディスについての一考察
 ミラベルとドゥサベルのお話
 プライドの失墜

訳者後書き 
引用・参考文献 
索 引

関連書

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