都市・身体・国家〈近代規範〉の社会史

〈近代規範〉の社会史 都市・身体・国家 Regulating Modern Society

樋口 映美 編, 貴堂 嘉之 編, 日暮 美奈子 編
A5判 / 352ページ / 上製
定価:3,800円 + 税
ISBN978-4-7791-1944-6 C0020
奥付の初版発行年月:2013年10月 / 書店発売日:2013年10月25日
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内容紹介

 グローバリゼーションの発展(暴走)とともに、地球規模で貧困・差別の構造化が進行し、かつて人々が近代において追い求めた「社会」、「福祉」、「自由」などをめぐって、今では諸々の問題が露呈している。
 本書は、19 世紀末から20 世紀初頭にかけての国家政策が、社会秩序を形成し維持しようとしたものの、そのための諸制度が未成熟であったために試行錯誤が重ねられたという時代認識に立つ。そのうえで、社会を秩序形成の現場であるとみなす視点から、近代が作られていく過程をひもとく異色の論集。
 また本書は、この〈近代〉形成期に、徐々に人々の生活に入り込み、その日常を規定するようになった近代規範の具体的な形成過程を通して、そこで見えてくるもの──「国民」序列化のありよう、秩序形成と規範形成のためのポリティクス──の諸相を抉り出す。

版元から一言

まえがき

 現在、グローバリゼーションの発展(暴走)とともに、各国は深刻な格差社会の現実に苦悩し、地球規模で貧困・差別の構造化が進行している。かつて人々が近代と呼ばれる時代に追い求めた「社会」、「福祉」、「自由」などが、今では諸々の問題を露呈している。こうしたなかで、〈近代〉がつくられた淵源に立ち戻って、その形成過程を検証してみたいと考えたのが、本書のきっかけである。
 これまで歴史学は、〈近代〉はどのようにしてつくられるかという問いに対して、もっぱら〈近代〉の担い手として国家の役割を重視し、その政策のもとで国民がつくられていくと説明する傾向にあった。しかし、本書では、一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて、国家政策は社会に十分浸透しておらず、社会秩序の形成と維持のための諸制度、例えば治安、社会保障、福祉、医療などの制度は未成熟で試行錯誤を重ねる段階にあったとの時代認識にたつ。そのうえで私たちは、むしろ社会こそが秩序形成の現場であると見なし、その視点から近代が作られていく過程に焦点をあてる必要があると考えた。
 これまでの先行研究が、国民国家に焦点をあて、「国民になること」や「国民」の境界を論じてきたとすれば、本書において明らかにしたいのは、この〈近代〉形成期に、徐々に人々の生活に入り込み、その日常を規定するようになった近代規範の具体的な形成の歴史である。そこで見えてくるのは、「国民」のさらなる序列化のありようであり、福祉の対象になる者と切り捨てられる者とを分ける線引き、子どもを産むことが許される者とそうでないものの選別、清潔さや健康が国民全体に規範化されるさまなど、より詳細な秩序形成、規範形成のためのポリティクスである。

 本書は三部からなる。以下、その目的、使用した史料について概観しておきたい。
第一部「都市」は、秩序形成の場としての都市空間に注目し、一九世紀初めのチャールストン、二〇世紀初めのブレーメンとニューヨークの三つの港町を取りあげた。港町は、国内外を移動する人々の玄関口でもあり、通り道でもあった。したがって、それぞれの町あるいは都市の住民は、自分たちの治安や同質性を守るために策を講じなければならなかった。第一章では、デンマーク・ヴィージーらによる奴隷蜂起計画の裁判記録と、新たに制定された州法を主として分析することによって、奴隷とされた人々と自由黒人を取り巻く状況の変化を検証した。第二章では、ブレーメン警察史料を掘り起こし、婦女売買に関する一般市民による通報事例から、通報に至る過程を分析した。第三章は、二〇世紀初頭に人種的に多様なニューヨークで結成された改革組織「一四人委員会」の調査員による複数の報告書などを主として用いて、社会的に許される性的関係と許されない性的関係のありようを考察した。これら三つの章からは、時代も地域も異なるとはいえ、社会秩序を形成し維持しようとする背後には、監視奨励の動きが浸透していったこともうかがえる。
 第二部「身体」では、まさに近代が作り上げる「身体」をテーマにした。その際、第四章では、トマス・ホッブズ、フランシス・ベイコン、ジェイムズ・ハリントンらの著作を検討し、一六世紀から一七世紀にかけて有機体的国家論が人種理論や優生学を予見させる進展を見せたことを検証した。第五章では、主として二〇世紀初頭のイギリスにおける予防医療の専門官僚の報告書やカール・ピアソンら統計学者たちの著作を史料として、国民の保健をめぐる議論に「科学的知」が介入してゆくさまを検証した。第六章では、アメリカ優生学協会の史料などを用いて、中西部や南部の農村で開始された健康優良コンテストの拡大過程をたどり、そこでの優生学的「科学」を考察した。第七章は、アメリカ育種家協会優生学部門研究委員会のハリー・H・ラフリン書記長の報告書および著作を精査することにより、同委員会が提示した模範断種法を適用して、「不適者」の再生産予防のための措置が全国各地で講じられたことを展望した。第八章は、二〇世紀初頭にアメリカ南部の鉤虫症対策として、ロックフェラーが設立した衛生協会や国際保健協会などの史料を吟味し、これら二つの組織について、とりわけ後者が州レベルの公衆衛生行政に大きな影響を与えたという側面を解明した。このように、イギリスに端を発する社会進化論や優生学などの「科学的知」がいかに他国へと伝播し、思想連鎖や海を越えた運動を引き起こしたのか、さらにそれらが「改革」の名の下に市民社会ないしは福祉国家のあるべき姿を定める諸規範・政策を作るうえでいかに大きな影響を及ぼしたのか、という二つの側面に注目した。
第三部「国家」では、秩序形成の過程における「国家」の主導や介入によって生じる排除の多様性に着目した。第九章では、一九二〇年代以降のドイツにおける強制収容法の議論に注目し、議会史料と法令などの分析を通じて、不適格者排除の根拠が揺れ動くものであったことを示した。第一〇章では、アメリカの新聞・雑誌記事や陸軍省内部の史料を駆使し、第二次世界大戦期に内外から人種統合を求められたにもかかわらず、「分離すれど平等」の実践に留まらざるを得なかった陸軍の実態を検証した。第一一章では、一九五〇年代日本の国会議事録、諸団体の刊行物、新聞・雑誌などを駆使し、在日朝鮮人の北朝鮮「帰国」に協力する運動とその論理を浮き彫りにすることによって、日本の戦後復興の問題点を指摘しようとした。第一二章は、雑誌記事や部落解放同盟の刊行物などを使って、「部落問題」史上大きな転換点となった同和対策審議会答申(一九六五年)以降に注目し、解放のあり方をめぐるせめぎ合いが今日に至る経緯を活写している。

 このように見てくると、「排除」の力学と「包摂」の力学が社会秩序および規範形成に果たしたメカニズムは一様ではなかったことがわかる。前者と後者が対立する場合もあれば、競合し錯綜する場合もあった。「科学的知」がその力学に作用したあり方も一様ではなかった。本書は、そうした多様なあり方をできるだけ日常から掘り起こそうとした。本書のこうした試みを念頭に置き、近代秩序および規範形成の諸相と現在に残る問題について思いをはせていただければ幸いである。           編 者   

著者プロフィール

樋口 映美(ヒグチ ハユミ)

専修大学文学部 教授。
編著 『流動する<黒人>コミュニティ――アメリカ史を問う』 彩流社、2012年/共編著『歴史のなかの「アメリカ」――国民化をめぐる語りと創造』 彩流社、2006年、2刷 2011年/ 単著『アメリカ黒人と北部産業――戦間期における人種意識の形成』 彩流社、1997年/他。

貴堂 嘉之(キドウ ヨシユキ)

一橋大学社会学研究科 教授。
単著 『アメリカ合衆国と中国人移民――歴史のなかの「移民国家」アメリカ』名古屋大学出版会、 2012年/ 「『人種化』の近代とアメリカ合衆国――ソシアビリテの交錯と『国民』の境界」(『歴史学研究』846号、2008年10月)/ 「『血染めのシャツ』と人種平等の理念――共和党急進派と戦後ジャーナリズム」(『アメリカ研究』第39号、2005年)/他。

日暮 美奈子(ヒグラシ ミナコ)

専修大学文学部 教授。
「大量移民現象と婦女売買――第二帝政期ドイツでの議論を中心に」(粟屋利江・松本悠子編著『人の移動と文化の交差』 明石書店、2011年)/ 「海を渡る娘たち――19/20世紀転換期ドイツにおける女中と婦女売買」(専修大学人文科学研究所編『移動と定住の文化誌――人はなぜ移動するのか』 彩流社、2011年)/ 「1890年代ドイツにおけるキリスト教福音派系社会事業と婦女売買」(『専修史学』 第44号、2008年)/他。

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兼子 歩(カネコ アユム) 明治大学政治経済学部 専任講師
「戦時動員と大衆消費社会を生きる女たち――第一次世界大戦期から1920年代まで」(有賀夏紀・小檜山ルイ編 『アメリカ・ジェンダー史研究入門』 青木書店、2010年)/ 「〈男性の歴史〉から〈ジェンダー化された歴史学〉へ――アメリカ史研究における男性性の位置」(『歴史学研究』 第840号、2008年)/ 「全国黒人実業連盟と20世紀転換期における歴史の記憶のポリティクス」(『アメリカ研究』 第44号、 2010年)/他。

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岩井 淳(イワイ ジュン)静岡大学人文社会科学部 教授
『ピューリタン革命と複合国家』 山川出版社、2010年/共編著 『イギリス史の新潮流――修正主義の近世史』 彩流社、2000年/ 『千年王国を夢みた革命』 講談社、1995年/他。

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永島 剛(ナガシマ タケシ)専修大学経済学部 准教授
「都市ペナルティと都市ルネサンス――18世紀から19世紀へ」(中野忠ほか編『18世紀イギリスの都市空間を探る――「都市ルネサンス」論再考』 刀水書房、2012年)/ “Sewage disposal and typhoid fever: the case of Tokyo 1912-1940,” Annales de Demographie Historique (2004)/「19世紀末イギリスにおける保健行政」(『社会経済史学』 第68巻4号、2003年)/他。

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小野直子(オノ ナオコ)富山大学人文学部 准教授
「第二回国際優生学会議」(『富山大学人文学部紀要』第56号、2012年)/「生殖の権利と社会福祉――断種におけるインフォームド・コンセント」(『アメリカ研究』第45号、2011年)/「優生学の拡大と人種意識」(杉田米行編『1920年代の日本と国際関係――混沌を越えて「新しい秩序」へ』春風社、2011年)/他。

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平体由美(ヒラタイ ユミ)札幌学院大学人文学部 教授
「20世紀転換期ニューヨーク市公衆衛生行政――細菌・他者・行政組織」(杉田米行編著『日米の社会保障とその背景』 大阪教育出版、2010年)/ 『連邦制と社会改革――20世紀初頭アメリカ合衆国の児童労働規制』 世界思想社、2007年/ 「アメリカ合衆国とナショナリズム」(杉田米行編著『アメリカ社会への多面的アプローチ』 大学教育出版、2005年)/他。

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白川耕一(シラカワ コウイチ)国学院大学など兼任講師
「1970年代における若者と西ドイツ社会国家――連邦議会の討論を中心に」(川越修他編著『社会国家を生きる――20世紀ドイツにおける国家・共同性・個人』 法政大学出版会、2008年)/ “Die Familie und der Sozialstaat im Wandel ― Aus der Debatte der CDU in der zweiten Hälfte der 70er Jahre” (『社会科学』(同志社大学)第42巻第1号、2012年)/ 「2つの市民社会から民族共同体へ――20世紀前半における市民層、市民社会」(石田勇治・辻英史編『市民社会の展開 理念と実相――市民・国民国家・トランスナショナル』 勉誠出版、近刊)/他。

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高田馨里(タカダ カオリ)大妻女子大学比較文化学部 准教授
『オープンスカイ・ディプロマシー――アメリカ軍事民間航空外交1938-1946』 有志社、2011年/訳書 ケネス・ヘイガン他著『アメリカと戦争――「意図せざる結果」の歴史 1775-2007』 大月書店、2010年/「第二次世界大戦直後のアメリカ武器移転政策の形成」(横井勝彦・小野塚知二編著『軍拡と武器移転の世界史――兵器はなぜ容易に広まったのか』 日本経済評論社、2012年)/他。

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加藤千香子(カトウ チカコ)横浜国立大学教育人間科学部 教授
「<周辺>層と都市社会――川崎のスラム街から」(大門正克ほか編『高度成長の時代3 成長と冷戦への問い』 大月書店、2011年)/共編著 『日本における多文化共生とは何か――在日の経験から』 新曜社、2008年/共編著 『東アジアの国民国家形成とジェンダー――女性像をめぐって』 青木書店、2007年/他。

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黒川みどり(クロカワ ミドリ)静岡大学教育学研究科共同教科開発学専攻 教授
共編著『内藤湖南とアジア認識──日本近代思想史からみる』勉誠出版、2013年/『描かれた被差別部落』 岩波書店、2011年/『近代部落史』 平凡社、2011年/他。

目次

まえがき……………………………………………………編者
第一部 都市
  Ⅰ 港町チャールストンの社会秩序形成――米国南部の奴隷蜂起未遂事件をめぐって…………………樋口映美
  Ⅱ 「これは何かあると思いました」――20世紀初頭ブレーメンの婦女売買通報事例の分析…………日暮美奈子
  Ⅲ ダンスホールの境界線――戦間期ニューヨークのダンスホールをめぐるセクシュアリティと人種のポリティクス…兼子 歩
第二部 身体
  Ⅳ イングランド近世の国家観と身体性…………岩井 淳
  Ⅴ 20世紀初頭イギリス保健政策をめぐる遺伝論と環境論……………………永島 剛
  Ⅵ 優生学健康コンテスト狂想曲――革新主義期の「科学」とアメリカ優生学運動……貴堂嘉之
  Ⅶ アメリカ優生学運動と生殖をめぐる市民規範─―断種政策における「適者」と「不適者」の境界……小野直子
  Ⅷ アメリカ南部寄生虫対策とコミュニティ公衆衛生活動――近代的公衆衛生行政への転回(1909 ~ 1920年)…………平体由美
  Ⅸ 福祉の「隙間」を埋める――ドイツ強制収容法(1920~ 1960年代)をめぐって……………………白川耕一
第三部 国家
  Ⅹ 第二次世界大戦期、米陸軍省の人種政策の変容――「自由裁量」方針から「是正措置」へ……高田 馨里
  XⅠ 1950年代日本における包摂と排除――戦後復興と在日朝鮮人「帰国」事業…………加藤千香子
  XⅡ 「市民」になる/「市民」をつくる――同和対策事業以後の部落問題………………黒川みどり
  あとがき……………………………………………………編者

関連書

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