アメリカ日系人戦時強制収容のリーガル・ヒストリー市民的自由

市民的自由 アメリカ日系人戦時強制収容のリーガル・ヒストリー

山倉 明弘 著
A5判 / 500ページ / 上製
定価:5,000円 + 税
ISBN978-4-7791-1698-8 C0022
奥付の初版発行年月:2011年12月 / 書店発売日:2011年12月22日
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内容紹介

法制史の観点から日系人の戦時強制収容を捉え、
アメリカという国家と社会の基本的性格と問題点を探る!
 自由と平等、公正を掲げるアメリカが、第二次世界大戦時において合衆国国内や影響下にあったペルーやブラジルなどのラテンアメリカ諸国の日系人と日本人移民を収容所に収監した。その行為を支えたのはアメリカ憲法の下に作られた様々な法律や行政命令である。
 建国以来、自由と平等を理想としながらも差別や排除の歴史を“法治”の名の下で刻んでいる国家と社会のあり方の特質と問題点を日系人の強制収容の歴史と諸相から探る労作。

前書きなど

本書の狙いは、日系アメリカ人史の最大・最悪の事件である戦時強制排除・収容事件をリーガル・ヒストリー(法制史)の観点で捉え、アメリカという国家と社会の基本的性格とその問題点を描くことである。序章で詳述するようにアメリカは契約により成立した国家である。その契約の中心的存在である憲法はコンパクトであるが、ごくわずかの修正を除いてはそのままで活用され二二〇年余の長い歴史に対応してきた。時代の変化への対応は主として連邦最高裁による憲法の解釈を通じてである。伊藤正巳によると、「アメリカでは、憲法とは裁判官がこれが憲法であるというものにほかならないというヒューズの言葉でも知られるように、判例憲法こそが憲法の実質を形成している」。したがって、合衆国憲法が保障した権利を大規模に侵害した日系人戦時強制排除・収容事件の分析にはリーガル・ヒストリーの手法と判例分析が欠かせない。
 移民研究会編『日本の移民研究』によると、日本では一九四〇年代から、日本人による強制収容体験記がいくつか出ているし、また一九六〇年代半ばから一九八〇年代にかけて強制収容原因論と収容政策責任論に関する研究が活発になった。また、同書下巻は、第4章に「戦時収容、再定住、リドレス」という項目を設け、一九九二年から二〇〇五年までの戦時強制収容の研究動向を紹介し、「いままでの研究蓄積に加え、一次資料を豊富に使い、緻密でより深い研究がなされている」と評価している。具体的には、「かつては強制立ち退きの原因論と政策論が強制収容に関する研究の中心テーマであったが、リドレス運動の達成後、徴兵忌避や市民権放棄者など声をあげられずにいた日系人たちに対する研究者の関心が高まった」と、最近の研究動向を表現した。
 しかしこの研究動向の記述は、本書がめざすリーガル・ヒストリーの視点にまったく触れていない。この時期にリーガル・ヒストリーの視点からの研究がないわけではなく、ごくわずかの歴史家が合衆国憲法とアメリカ法の視点から何点か書いている。また、私の論考はこの下巻の「文献目録」に一九点挙げられており、そのうちの少なくとも六点は法制史の視点を強く意識して書いている。日本ではリーガル・ヒストリーの視点はそれほど強く意識されて来なかったのである。
 一方、アメリカでの研究においては、リーガル・ヒストリーはアメリカ史の重要かつ強力なサブフィールドであり、名著、良書は枚挙にいとまがないし、またアメリカの有力な法科大学院が出しているロー・ジャーナルには毎年膨大な数の論文が発表されている。その中には日系人戦時強制収容を扱ったものも少なくない。しかし、これらアメリカのリーガル・ヒストリー研究はごく少数の例外を除いて余りに専門的で、法技術論に偏りがちで、極端に詳細な長文の注が多く、一言でいうと理解しづらい。また、英語も構文が複雑なうえに難解な専門用語が多く、読みやすいものは少ない。
 日本の研究におけるリーガル・ヒストリーへの意識のうすさを多少とも補い、またアメリカの研究における読みづらさを多少とも克服して、日系人戦時強制収容の重要なリーガル・ヒストリーの側面を論じたい。もって、アメリカ日系人戦時強制排除・収容の本質をアメリカ史の文脈において論じる。

版元から一言

●アメリカ日系人強制排除・収容事件の特徴

 本書で取上げる事件の特徴は次の一〇点にまとめられる。
①第二次大戦中に約一三万八〇〇〇人の在米日本人と日系アメリカ人が連邦政府によって強制排除、または強制収容、あるいはその両方の対象となった。合衆国政府による戦時日系人対策は大別して「危険な」敵性外国人逮捕・抑留計画(第2章第二節)と、主として西海岸在住日系人の強制排除・収容計画(第4章)の二つに分けられるが、この両者を混同する人は体験者に中にも少なくない。二つの計画の対象となった人々は、その後の展開により前者から後者へ、あるいは反対に後者から前者へと分類が変更され、それに伴い収容所を移るという事例が数多く見られ、それがこの政策全体の理解をさらに複雑にしてきた。
②これら二つの計画は、連邦政府がハワイで行ったことと比較するとその性格がいっそうよく理解できる。ハワイでは戒厳令が敷かれ、軍がハワイ住民の生活の隅々まで統制することによって日系人強制収容政策を実施する必要がなかったが、ハワイの軍政に日系人への警戒心があったことを知ると、本土とハワイでの政策が根本的に同じ性格であったことが見えてくる(第2章第三節)。
③連邦政府の日系人対策はラテンアメリカ諸国にも及んだ。政府は「危険」でもなく、また居住国にとっては「敵性」外国人ですらなかった日本人をアメリカへ拉致し、その途上でパスポートを没収し、入国審査では「不法入国者」として扱い、さらに「敵性外国人」として抑留し、そのうえ、彼らを日本に捉えられたアメリカ人民間人との人質交換に使おうと企んだ。彼らにはアメリカの市民権も永住権もなかったために、戦後は意思に反する日本送還の対象となったばかりか、戦後補償でも不利で不公正な扱いを受けることになった(第3章)。
④強制排除・収容の終結の仕方には、政策の企画や実施以上に、連邦政府による日系人の同化、拡散、無害化という政策の性格が顕著に現われていた(第5章)。
⑤アメリカ日系人強制排除・収容計画を実施した行政府(フランクリン・ローズベルト政権)は、市民的自由と人権に配慮するリベラルな政権であった(第4章第二節)。政策は当初から綿密な計画と政策目標があったわけではなく、戦争ヒステリー、人種偏見、政治的指導力の欠如により、行き当たりばったりの政策であった(第5章)。また、この計画には立法府が立法措置の裏づけを与えることにより(第6章第二節)、司法府はその計画を容認する判決を下すことにより(第7章第四節、第五節)、関与した。つまり連邦政府三権のすべてがこの事件に関与した。
⑥ 最高裁での審理のための準備段階で三つのスキャンダルがあった。一つ目は司法省が重要な証拠を隠蔽したこと(第7章第四節)、二つ目は、陸軍省が重要な証拠を改竄したうえに、改竄前のオリジナルを隠滅したこと(第7章第四節)、三つ目は陸軍省の意向に配慮した司法省が重要な証拠を隠匿したこと(第7章第五節)である。このことは、一九八〇年代のコーラム・ノビス訴訟の焦点の一つとなった(第8章第五節)。また、審理を行った最高裁は、日系人の解放につながる判決の発表をローズベルト政権への配慮から一ヶ月近く遅らせた(第7章第六節)。これが四つ目のスキャンダルである。
⑦連邦最高裁の日系人強制排除・収容政策関連四判決の意味は以下の通り。第一に、人種に基づいた政策、つまり人種差別的な政策であっても国家の緊急時に差し迫った理由があれば容認される。第二に、しかし、忠誠心の明らかな市民の強制排除後の継続的監禁は容認されない。そして第三に、第二で示された国家による保護は、国家への忠誠心や愛国心と引き換えである(第7章第六節)。第四に、忠誠心の明らかな日系人の継続的監禁を違法と退けた判決では、最高裁はローズベルト政権の責任は問わず、解散間近の一行政機関、戦時転住局の逸脱行為だけを指摘した。それによって国家による大規模な人権侵害事件を矮小化した(第7章第六節)。
⑧人種という基準に基づいた戦時強制排除・収容政策を容認した諸判決は、それに対する戦後の厳しい批判にもかかわらず覆されることはなく、しかも最近まで判例として使用され続けている(第8章第三節)。一九八〇年代になって証拠の隠蔽、改竄・隠滅、隠匿という連邦政府の不正行為の証拠が発見され、連邦地裁、連邦控訴裁の段階では、一九四〇年代の有罪判決が取り消されたが、最高裁の判例を覆すには至らなかった(第8章第四、第五節)。
⑨ 日系人戦時強制排除・収容政策の企画と実施に参加した四〇余名の文官と武官は、ひとりを除いて全員が法学位を持っていたばかりでなく、大統領を始めとして全員が憲法の維持と擁護を宣誓または確約して就任していた。彼らは、一部は徹底した人種主義によって、一部は組織への忠誠心や上司の圧力に屈して、人種差別的政策を容認した(第9章第一節)。
⑩ 戦時強制排除・収容事件は、当時が公式人種主義に基づいた移民政策の時代で、また人種隔離合憲時代であったという歴史的文脈で捉えると、戦時の例外的な事例ではなく、むしろアメリカ史では常態に近い事件であったことが明らかになる(第9章第二節)。


●本書の構成

 序章では、アメリカ史研究になぜ、どのようにリーガル・ヒストリーが有効であるかを三点に絞って説明する。第一点は、リーガル・ヒストリーが研究対象とする法と社会の相互作用である。社会が法をつくるが、法はいったん制定されると、長きに渡って社会に影響を与え続ける。特に、第7章、第8章で取上げる連邦最高裁の判決は、判例としてその後長く、行政府、立法府を制約し、国民生活に深甚な影響を与え続ける。第二点は、法と歴史との親和性である。特に最高裁での口頭弁論に原告側、被告側の双方が備える際には、徹底的に関連する事柄の発端や過去の経緯、すなわち歴史を精査するし、また弁論を聞き、審理した最高裁判事が書く判決文はその歴史に言及する。さらに判決文は、歴史を強く意識した過去の判決、すなわち判例を多数引用する。まさに、判決には歴史が詰まっている。リーガル・ヒストリーの研究はほとんどそのまま歴史研究なのである。このことから、第三点が必然的に導き出される。議会による立法措置も、最高裁による判決も長い歴史が意識されているのが普通なので、ひとつの事件を長いスパンで見通す視点が得られる。一九四〇年代のアメリカ日系人戦時強制排除・収容諸判決を読んで建国期の国家理念に思いを馳せたり、二〇〇一年の九・一一同時多発テロ後の中東系・アラブ系の人々の対する大規模な人権侵害を分析する有力な視点を得たりすることも可能である。
 第1章では、アメリカ日系人戦時強制排除・収容事件の本質を国家非常時(と想像される事態)における人権侵害の問題と捉えることで、その事件が例外的な事例ではなく、実はアメリカ史全体を通じて現われる現象であることを明らかにする。また、その事件の根本的原因を建国期にまで遡って考察することの有効性を示す。
 第2章から第5章までは、リーガル・ヒストリー分析の対象とする日系人戦時強制排除・収容事件を取上げ、法的な側面を重視して詳述する。第2章は、第4章で取上げる西海岸在住日系人強制排除・収容事件に較べて研究蓄積の乏しいいわゆる「敵性」外国人としての在米日本人の逮捕・抑留計画を論じる。アメリカ本土ばかりでなくハワイの事例にも触れることにより、連邦政府が日本人に対しどれほど猜疑心を抱いていたかが明らかになる。第3章は、在米日本人逮捕・抑留計画よりもさらに研究蓄積が乏しく、一般にもあまり知られていないペルー日系人に対する連邦政府の拉致・抑留計画についてである。彼らに対する戦時補償は、第4章で扱う西海岸日系アメリカ人に較べて著しく立ち遅れており不公平であるが、補償資格有無の線引きは複雑で、恣意的で、不公平で、一言で表現すると法匪的であることが、明らかとなる。第4章では主としてアメリカ西海岸に居住していた日系人の強制排除・収容を扱う。この事件については非常に多くの研究の蓄積があるが特に法的側面を重視し、政策の本質、日系社会の対応、そしてそれらが引き起こした不幸な事態を論じる。第5章では、西海岸日系人に関する大規模国家計画をどのように終結にさせたかを論じる。この終結の仕方を分析すると計画の特徴がいっそう鮮明に浮かび上がる。
 第6章から第8章までは、連邦政府の法的関与についてである。第6章では、まず連邦政府の行政府、立法府がどのような法制的根拠で、どのように関与したかを明らかにする。ついで連邦政府による正当化の理屈、つまり強制排除・収容の合法・合憲論を紹介する(第三節)。最後に司法府の関与の歴史的背景を論じ、次の第7章への橋渡しとする。立憲体制においては、行政府と立法府の行き過ぎを抑制するのは司法府であり、特に強大な国家権力から人々を守る権利章典を含んだ合衆国憲法による統治体制では、司法府の役割は特に重要である。この点を、日系アメリカ人関連の諸判決に焦点を当てて論じるのが、第7章である。日系人強制排除・収容政策を容認した三つの判決の議論に続いて、忠誠心の明らかな日系人の継続的監禁を退けたエンドウ判決も論じる。第8章ではまず、エンドウ判決にもかかわらず一部の日系人に対して監禁が継続されたことを紹介し、それらの判決の戦後の評価を論じ、そして判決が後の最高裁の審理ではたびたび判例として活用されてきたことを紹介する。ついで、戦後のリドレス(補償)問題、さらには有罪判決を受けた三人の日系人の有罪取り消しを求めた訴訟を論じ、一九四〇年代の判決の長期間にわたる影響を論じる。これによって、国家非常時における人権の問題を建国期から現代まで長い視点で見通すことが可能になる。
 第9章では本書の議論の総まとめとして、日系人戦時強制排除・収容事件にかかわって法と歴史の交錯する場面を描写する。その際に使用する概念は二つで、一つは憲法による統治をめざす国家では国是の根幹とも言える「法の支配」である。もう一つはその国是、あるいは理想に間断なく挑戦し、その実現を妨げてきた人種主義の究極の顕在形と言える合憲的人種隔離である。これら二つの概念を論じることにより、日系人戦時強制収容事件はアメリカ史の例外的事例ではなく、むしろ常態に近いものであったことを示す。
 以上、日系人戦時強制収容事件の分析を通じてアメリカという国家や社会の根本的特徴を理解することを試みるものである。
(本書「はしがき」より)

(社)日本図書館協会 選定図書

著者プロフィール

山倉 明弘(ヤマクラ アキヒロ)

天理大学国際学部教授。アメリカ史、アメリカ法制史、日系アメリカ人史。
共訳書 イアン・ティレル著『トランスナショナル・ネーション アメリカ合衆国の歴史』
(明石書店、2010年)
共編著 『アメリカス世界における移動とグローバリゼーション』(天理大学出版部、
2008年)
論文 “The United States-Japanese War and Tenrikyo Ministers in America,”
in Duncan Ryuken Williams and Tomoe Moriya,eds.,Issei Buddhism
(Urbana,IL: University of Illinois Press,2010),141-163 ほか。

目次

はしがき………………………………………………………………………………………………………………
 一、本書のねらい
 二、アメリカ日系人強制排除・収容事件の特徴
 三、本書の構成
 四、用語について
  A 連邦政府による戦時日系人対策関連用語
  B 「転住所」の名称
  C アメリカの連邦裁判所およびその関連用語
  D その他

序 章 なぜリーガル・ヒストリーなのか─その三つの意義…………………………………………………
 一、法と社会の相互作用
  社会が法を作る
  法が社会を作る
  日系人強制排除・収容諸判決の歴史的文脈
 二、法と歴史の親和性
  判決文と歴史研究
  「原意図」対「生きた憲法」論争
  判例主義
 三、判決分析に見るアメリカ史の長い文脈
  第一四修正の不思議な経歴
  法を媒介とした共通要素の認識

第1章 国家非常時における市民的自由とリベラリズム………………………………………………………
 一、「強い国家」の必要性
 二、市民を守る安全装置
  権利章典
  「適正手続き」と「平等保護」
  人身保護令状
  安全装置の効き目
 三、最初の試練――外国人治安維持諸法
 四、南北戦争と日米戦争──戦時における市民的自由
  リンカン大統領の超法規的行動
  レンクィスト元最高裁首席判事の連邦政府強権擁護
  大統領権限を極大化する議会の承認
  戦時における法の沈黙
 五、歴史的背景としてのリベラリズム
  古典的リベラリズム
  リベラリズムの変貌
  高度福祉リベラリズムと強大な政府

第2章 アメリカ本土・ハワイの日本人対策……………………………………………………………………
 一、研究史
 二、アメリカ政府による日本人対策
  A 連邦政府の敵性外国人逮捕・抑留計画
   概観  
   逮捕  
   審問・抑留
  B ハワイにおける日本人逮捕・抑留計画
   拘引  
   審問
   抑留  
   ハワイ日系人抑留者の人の流れ
 三、ハワイの軍政
  軍政樹立
  司法と行政の衝突――メッツガー裁判官対リチャードソン将軍
  軍政における日系人要因
  「脅威でもあり、必要でもある」存在
  ダンカン判決に現れた日系人への猜疑心

第3章 ラテンアメリカ諸国日系人拉致・抑留計画……………………………………………………………
 一、極めて低い認知度
  看過されてきたペルー日系人拉致・抑留事件
  貧弱な研究史
 二、拉致・抑留計画
  パールハーバー以前のペルー日系社会
  日本人拉致・抑留計画――パナマ・モデル
  ペルー政府の協力
  外交官エマソン
  人質交換
  ペルー政府の思惑
 三、拉致・抑留の実態
  第五次追放者の特徴
  逮捕・拘引
  アメリカへの拉致
  拉致被害者の戦後
 四、「不法」入国と送還問題
 五、リドレス(補償)
  バーンスタイン委員会の補償勧告 155
  補償から漏れた人々 156
  ラテンアメリカ諸国日系人の補償問題のその後 161

第4章 日系人強制排除・収容計画………………………………………………………………………………
 一、史上空前の大規模国家政策
 二、連邦政府の日系人管理政策
  リベラル政権による強制排除計画
  戦時転住局の日系アメリカ人選別・隔離・拡散政策
  マイヤー戦時転住局長の見解
 三、日系社会の対応
  第二次世界大戦前
  日米開戦前後
  強制排除後
  日系社会の抵抗
 四、市民権放棄と徴兵忌避
  市民権とアメリカ法
  市民権の重要性  
  戦時強制排除・収容事件と二世の市民権  
  市民権放棄という戦術  
  徴兵忌避  

第5章 アメリカ日系人排除・収容政策の終らせ方──選別、拡散、無害化………………………………
 一、転住所からの出所の波
  第一波~第三波――就学、季節労働、高技能労働
  第四波――混乱と軋轢  
  第五波と第六波――転住所閉鎖と強制出所  
  出所政策がもたらしたもの  
 二、再定住という体験──シーブルック・ファームズの事例
  国家による労働管理
  中西部・東部への出所 
  シーブルック・ファームズ社  
  シーブルック・ファームズ就労者
   A 日系アメリカ人
   B ペルー日系人   
   C 市民権放棄者   
   D 敵性外国人
  シーブルック・ファームズの歴史的意義

第6章 連邦政府三権の関与………………………………………………………………………………………
 一、行政府・立法府・司法府の法
 二、行政府・立法府の法制的関与
  行政府の関与
  立法府の関与
 三、司法府関与の歴史的背景
  最弱の府から世界最強の司法へ
  最高裁の転換――市民的権利重視へ
  ローズベルトの法廷革命
  愛国心を刺激された最高裁判事たち
 四、戦時強制排除正当化の論理
  戦時転住局の合法・合憲論
  「賢明ならずとも合憲」という理屈
  「戒厳令が防いだハワイでの集団強制排除」という理屈
  「ジャップ」だけは特別という理屈
  そして、いい「ジャップ」はいなくなった

第7章 日系人強制排除・収容諸判決……………………………………………………………………………
 一、リベラル思潮と国家権力発動への翼賛
 二、破壊工作員事件
  破壊工作員上陸
  法廷の排除
  司法府と行政府のあいまいな境界線
  最高裁への上訴
  最高裁判事によるキリン事件審議
  キリン事件判決――司法審査の棚上げ
 三、ヤスイ対合衆国事件
 四、ヒラバヤシ対合衆国事件
  最高裁までの道のり
  最初のスキャンダル――司法省の証拠隠蔽
  再びスキャンダル――陸軍省の証拠改竄・隠滅
  ヒラバヤシ判決
  反対意見並みの同意意見
 五、コレマツ対合衆国事件
  最高裁までの道のり
  またもやスキャンダル――陸軍省に配慮した司法省による証拠隠匿
  コレマツ判決
  崩れた全員一致
 六、エンドウ事件
  ミツエ・エンドウ
  コレマツ事件と対を成す事件
  エンドウ判決
  エンドウ判決の歴史的教訓
  最後のスキャンダル――判決の公表を遅らせた最高裁

第8章 日系人強制排除・収容諸判決のその後――ヒラバヤシ・コレマツ判決の長い影…………………
 一、エンドウ判決後の監禁
 二、強制排除・収容諸判決の直後の評価
 三、コレマツ判決の復権
  外国人土地法
  非共産党員宣誓供述書
  人種隔離教育とアファーマティブ・アクション
  カラー・ブラインド原則とコレマツ判決
 四、リドレス(補償)
  『否定された個人の正義』
  リドレス成功の要因
  忠誠心と愛国心という要因
  連邦政府の謝罪と議会の立法措置
 五、コーラム・ノビス訴訟
  証拠発見
  ゴールドバーグ元最高裁判事の批判
  大統領恩赦提案
  コーラム・ノビス請願の五つの論点
  コーラム・ノビス訴訟判決
  司法府の責任――「不利益」問題
  司法府の責任――ヒラバヤシ・コレマツ判決再訪

第9章 リーガル・ヒストリーの文脈――法と歴史が交わるところ…………………………………………
 一、「法の支配」
  憲法擁護義務の不履行
  「法の支配」と人種
  「法の支配」と移民
  「法の支配」とエイリアン
 二、人種隔離合憲時代──「好ましからざる」者の排除
  人種隔離時代
  人種隔離という歴史的背景
  隔離された日系社会
  アメリカ史の中の日系人戦時強制排除・収容

おわりに………………………………………………………………………………………………………………

注釈つき判例索引……………………………………………………………………………………………………

註……………………………………………………………………………………………………………………… 
事項索引………………………………………………………………………………………………………………

人名索引………………………………………………………………………………………………………………

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