特異な人間性と迫力に満ちた作品世界グレアム・グリーン入門

グレアム・グリーン入門 特異な人間性と迫力に満ちた作品世界

山形 和美 著
四六判 / 280ページ / 上製
定価:2,800円 + 税
ISBN978-4-7791-1597-4 C0098
奥付の初版発行年月:2010年12月 / 書店発売日:2010年12月14日
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内容紹介

曖昧で深淵な文学的技法、興味深い宗教的活動、国際政治の発火地帯に身を投じ、リアリズムに見えるメリハリが効いた激烈な物語性に潜む暴力的とも言える幻視で貫かれるヴィジョン……。“光と闇の狭間”に生きた特異な大作家への招待。

前書きなど

はじめに――光と闇の狭間に生きて

 グレアム・グリーンは二〇世紀最大の作家の一人であり、かつまたもっとも不可解な作家の一人でありますが、陰謀と隠密行動に明け暮れた長い人生を通して、自己存在について誤情報をまき散らし、詮索好きなファンや批評家たちを寄せつけませんでした。隠しておくべきことが多くあったのです――曰く、奇妙で複雑な、淫乱とも言える多くの女性を次々に相手とする性生活、大胆なエスピオナージめいた冒険や時として二重スパイの役割を楽しみながら演じる諜報活動、曖昧で深淵な文学的技法、興味深い宗教的活動、そして国際政治の発火地帯や坩堝に進んで身を投げ込む姿勢などであります。このような事情についてはウイリアム・キャッシュの『第三の女』(山形和美訳、彩流社)を参照してください。またマイケル・シェルデンという伝記作家はこういったことも含めて、自己の内面性を保護するためにグリーンによって巧みに選ばれた多くの仮面を剥ぎ取りながら、世界で初めて真実のグレアム・グリーン像を暴き出して見せてくれた人であります(『グレアム・グリーン伝――内なる人間』山形和美訳、早川書房)。グリーンという作家の分裂した生活に探りを入れたこの物語はグリーンの作品と同じほどに劇的で、読者の心に揺さぶりをかけてくれるでしょう。
 グレアム・グリーンは一九九一年四月三日に八六歳の一生を閉じましたが、死の直前まで旺盛に書き続けてきたその作家としての生涯は六五年にも及びました。彼は「私はノーベル文学賞よりも偉大な賞を期待している――それは〈死〉という賞だ」と、かつて作家のアントニー・バージェスに言ったことがあります。
 そしてグレアム・グリーンはついにその〈死〉という賞を手に入れたのであります。一九九一年六月六日にウェストミンスター寺院で追悼記念鎮魂ミサが彼に捧げられました。献辞を述べた人たちの中に同じカトリック作家のミューリエル・スパークがいました。すでに七五歳になっていたこの女流作家は、自分が処女作を書き上げるまでにグリーンから物心両面にわたって援助をどれほど受けたか分からないと、切々と述べました。あれほどの〈賞〉嫌いであったグリーンも大勲功賞(the Order of Merit)と名誉勲功賞(the Order of the Companions of Honourを叙勲されています。大勲功賞は最大総数六五名に限定された賞です。
 一九三〇年代に二〇世紀の第二世代として作品を書き始めたグリーンは、良きにつけ悪しきにつけその時代の課する条件を一身に背おった作家でありました。だが同時に、彼は同世代の例えば〈政治的な〉オーデンあるいは〈オーデン・グループ〉の大方のメンバーと袂を分かちながら独自の作家的生涯を切り拓いていきました。グリーンより少し遅れて書き始めたノーベル賞受賞作家のウィリアム・ゴールディングは「グリーン文学は孤高を保っていた。彼の小説のうちもっとも出来の良いものは、完成された文学として人々の記憶に残るだろう。彼は二〇世紀の人間の意識と不安とを究極的に書き留めた人として読み継がれ、忘れられることはないだろう」と、その追悼文で述べました。
 このゴールディングの「孤高を保っていた」という言い方は、さまざまなことを想い起こさせます。グリーンは人付き合いが嫌いだったということもあります。彼は日本流に言えば〈文壇人〉との交際を拒んだのです。それは馴れ合いによって、自他ともにその文学を必要以上に許しあうことを恐れたからであります。だがむろんそれだけではありません。グリーンは二〇世紀の作家として許されるかぎり、師と仰いできたヘンリー・ジェイムズやジョーゼフ・コンラッド、フォード・マドックス・フォードなどを魁とする〈モダニストたち〉に半ば反発しながら、彼らの行なってきた実験的な文学作業を旧来のリアリズムの伝統の中で同化しようと努めてきたのです。これを逆に見れば、グリーンは「伝統的な小説形態の中でラディカルな思想を表現する作品、つまり旧弊に見えるが実は説得力に満ちた確信をもってその時代に応える作品」(コルト&ロッセン『旧派の作家たち――一九三〇年代のイギリスの小説家たち』)を書き続けてきたことになるのです。
 グリーンの作品世界に踏み込むと、私たちはその特異な文学的発想と作品空間の設定次元に、さらにその文体とに衝撃を感じるでしょう。一見リアリズムの次元で構築されているかに見えるメリハリが効いて豊かで激烈なその物語性は暴力的とも言えるある種のヴィジョンで、幻視で貫ぬかれていて、さらにそれを巧みに刻み込むのが、これまたリアリズムに根を張っているかに見えて実は限りなく〈詩〉の領分へと飛翔するように見えるレトリック(主として隠喩表現)を弄するエネルギーを秘めた文彩なのであります。こうして、言葉がその閉じられた作品空間を打ち破って、そこに亀裂を生ぜしめることになるのです。そしてその亀裂を通して何ものかが作品空間の中に入り込もうとするのです。あるいは、何ものかを目指してその作品空間は飛び立っていこうとするのです。グリーンの作品のほとんどが神秘の世界に向けられて開かれたままで終わっている所以です。これが旧弊と言えば、グリーンの文学はリアリズムを貫いてかつて特徴的に見られた〈小説〉以前の〈ロマンス〉の世界へと遡行している文学だ、と応じることもできましょう。《リアリズムの枠に絡め取られたロマンス》といったところです。逆に言えば、旧さが新しい装いを凝らして再生したと言うこともできましょう。これが真相であります。二〇世紀のこの時期にこのような文学世界を創造しえた作家が他にいたでしょうか。
 もう、かなり前のことになりますが、イギリスに旅したとき、私はグレアム・グリーンの生まれ育った故郷の町バーカムステッドを初めて訪れることを思い立ちました。ロンドン郊外のその町に着くとすぐに、学校のキャンパスに入ってみました。あらかじめ話をつけていた学校の人がすぐに出てきて、迎えてくれました。私は、グリーンの幼・少年期を運命づけたあの〈緑のラシャ張りの扉〉(the green baize door)、寮の部屋へと通じる石の階段、共同使用の寮の狭い部屋など(これらのことはみなグリーン自身が苦しみをもって回想しています)を眺めながら、感慨に耽りました。また別棟の屋内プールも見せてもらいました。教室と校長住宅を分ける〈緑のラシャ張りの扉〉は少年グリーンにとって地獄と天国の分水嶺のようなものでしたし、寮へと通じるすり滅った石の階段は、学校のコンクリートの校庭やひび割れた鐘とともに、ゆくゆくは人間の〈みすぼらしさ〉の象徴となってグリーンの心的機構に定着してゆくものでありまして、寮はプライヴァシーの保てない仕切りしかなく、夜になっても一瞬たりとも物音から自由になれないところでした。
〈緑のラシャ張りの扉〉によって、一三歳以降のグリーンは二つの異なる世界を往復する運命を背負うことになります。この扉が象徴するものは幼児体験が強いてきた旧い自我の分裂でありますが、それは同時にその自我の新たな融合への強烈な希望も掻き立てます。この点できわめて特異かつ興味あることは、「考慮に値する創作家はみなオブセッションに塗り込められた人間だ」と彼自身言っているように、グリーンも過去へのオブセッションに塗り込められておりまして、その過去によって呪縛されている自我を言葉で繰り返し捉え直してきました。しかし重要なことは、そのたびごとに本人はその呪縛をますます意識し直し、それによって深くのめり込んでいったのと同時に、それが自己解放への道をもしつらえることになったということであります。この自己解放への道とは究極的にはむろん、作品創造への道でありました。つまり彼は、自己の過去をテキスト化することによって、その過去を作品制作の原動力へと転化していった作家であるということです。
 しかしここでも忘れてならないことは、この過去のテキスト化はむろん必然的に虚構化を巻き込むということであります。グリーンの場合この虚構化は甚だしいものでした。それが、オブセッションと化したあのような自己の過去から逃れうる唯一の道であるからでありまして、同時にグリーンの作家としての再生を約束するものであるからです。つまり、私たちはもはや、グリーン自身が語る自叙伝を過去に起こったままの記録と考えることはできず、彼は実話を虚構化することによりそれを神話化しているのであります。こうして、彼は自己の人生を基盤にして数々の特異な作品を創造する道を発見したと言えるのです。彼の書いた自叙伝では事実と虚構を分けて読むことが不可能になっているのと同じように、創作では事実が虚構と分かちがたく融合しているのであります。
 グリーンは、〈カトリシズム・世界政治・喜劇的幻視〉という三つの要因の前景化と後退化を繰り返しながら、だがある固定的なヴェクトルをもって、それぞれの作品のパターンを構成してきました。その意味では、グリーンは呪縛となったオブセッションのひとかけらも廃棄することなく、そのすべてを作品の要因として活用し続けてきたのです。そして最後に、教権体制と政治体制に抵抗しながら、デカルト的な真偽論を懐疑的に、あるいは不可知論的にではなく、かぎりない自由を保証するものとして積極的に生きえた神父像を巧みに創造したグリーンとしては最後に近い小説『キホーテ神父』を書いたのです。これは先ほど触れた〈カトリシズム・世界政治・喜劇的幻視〉という三つの要因を巧みに絡ませて融合している秀作であります。グリーンはこれから九年近く生きることになりますが、その後大きな小説は書いていないので、これがいかにも辞世の作たるにふさわしい作品となりました。
 グリーン自身は初期の作品を〈娯楽もの〉と呼び、それ以後の作品を〈本格もの〉と呼びました(グリーンはあとでこの区別を無視しだしました)が、〈本格もの〉の作品では、人間の内面における〈善〉と〈悪〉の苦闘に焦点が当てられました。そこには、道徳的、宗教的、そして社会的テーマがみなぎっていますが、グリーンが一九二六年にカトリシズムに改宗したことがその大きな原因となっていることは確かです。舞台となる色々の場所、生彩のあるイメージ表現、客観的な人物描写などはみな、グリーン文学のトレード・マークになっています。グリーンは〈悪〉に取り憑かれた作家であったが、事実晩年の幾つかの小説は道徳的疑念と心理的軋轢が奇妙にも混じり合って、作品に潜む恐ろしさをいやがうえにも盛り上げています。そのような作家として「孤高に」生きてきたグリーンは自らの死によって、自己存在を私たちに向けて定着することになったわけであります。

版元から一言

◆二〇世紀最大の作家の一人であり、かつまたもっとも不可解な作家の一人であったグリーン。
◆陰謀と隠密行動に明け暮れ、自己存在について誤情報をまき散らし、隠すべきことが多かったグリーン。
◆奇妙で複雑、淫乱とも言える行動で、多くの女性を次々に相手とする性生活、
  大胆な冒険や二重スパイの役割を楽しみながら演じる諜報活動家然としたグリーン。
◆曖昧で深淵な文学的技法、興味深い宗教的活動、
  国際政治の発火地帯や坩堝に身を投ずるグリーン。
◆特異な文学的発想と作品空間の次元設定、
  そして文体で衝撃を与える作品構築のグリーン。
◆リアリズムに見えるメリハリが効いた激烈な物語性、
  それに潜む暴力的とも言える幻視で貫かれるヴィジョン。
◆〈カトリシズム・世界政治・喜劇的幻視〉という三つの要因の前景化と後退化を繰り返しながら、固定的なヴェクトルをもって、それぞれの作品のパターンを構成してきたグリーンの総決算とは?
◆「です。ます」調による〝講演集〟的な読みやすい編集。

(社)日本図書館協会 選定図書

著者プロフィール

山形 和美(ヤマガタ カズミ)

1934年生まれ。東京教育大学大学院文学研究科修士課程修了。文学博士(筑波大学)。
筑波大学名誉教授。
主な著書・訳書『グレアム・グリーンの文学世界』(研究社出版)
『言語空間の崇高性──ロゴスへの意志』(彩流社)
『日本文学の形相──ロゴスとポイエマ』(同)
『G・K・チェスタトン』(清水書院)
『差異と同一化──ポストコロニアル文学論』(研究社出版、編著)
スーザン・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか──現代文学理論におけるラビ的発想の出現』(法政大学出版局)
エドワード・サイード『世界・テクスト・批評家』(同)
ノースロップ・フライ『力に満ちた言葉』(法政大学出版局)
スティーヴン・マークス『シェイクスピアと聖書』(日本キリスト教団出版局)
アーサー・シモンズ『象徴主義の文学運動』(平凡社ライブラリー)
T・R・ライト『神学と文学』(聖学院大学出版会)
ウイリアム・キャッシュ『グレアム・グリーンと第三の女』(彩流社)ほか

目次

目 次

はじめに――光と闇の狭間に生きて

Ⅰ グリーンの生涯
誕生・家族/ パブリック・スクール/学生寮──〈緑のラシャ張りの扉〉
登校拒否/読書体験/ 精神分析治療/大学進学/〈ロシアン・ルーレット〉
パリ滞在/ブラウニングへの心酔/『おしゃべりする四月』/就職運動/ノッティンガム
カトリシズムへの改宗/盲腸炎の手術/結婚/『内なる人』『行動の名』
『夕暮れの噂』/『イスタンブール特急』/『ここは戦場だ』/『イギリスが私を作った』『ブライトン・ロック』/『掟なき道』──メキシコ旅行/『力と栄光』/諜報機関
『英国の劇作家たち』/キャサリン・ウォルストンとの情事
『落ちた偶像』と『第三の男』/『事件の核心』/『情事の終わり』
宗教から政治の世界へ/戯曲『居間』/『燃え尽きた人間』/ジャーナリストとして
『ハバナの男』/『キャプテンと敵』/『喜劇役者たち』/『叔母との旅』
『名誉領事』/キム・フィルビーと『ヒューマン・ファクター』/『キホーテ神父』
逝去/諸家の追悼記事

Ⅱ グリーン文学の核心──文学と宗教と政治とで
グリーン文学とカトリシズム/リベリア黒人共和国――死を賭したアフリカ紀行
第二の改宗/グリーンにおける悪の体験/カトリシズムとアングリカニズム
グリーンの見たディケンズと悪/悪・信仰・文学――エリオットとニューマン
マニ教とジャンセニズム/グリーンに対する批判と弁護/グリーンにとってのモーリアック
文学・堕地獄・神――アポリアか/グリーンにおける文学と体制 ①教権体制 ②政治体制
グリーンのシェイクスピア告発/グリーンにおける政治性の具体相
『グレアム・グリーン──新聞への投書』/〈作者の死〉/テキストの不死性と作者の存在
作中人物の変容  

Ⅲ 謎と迫力に満ちたグリーンの作品群
1『おしゃべりする四月』――詩人としてのグリーン 
2『イスタンブール特急』――新しいグリーン 
3『ここは戦場だ』――霧と戦いによる孤立 
4『ブライトン・ロック』――最初のカトリック小説 
5『掟なき道』から『力と栄光』――事効論の力 
6『事件の核心』――共感から憐憫へ 
7『情事の終わり』――神による呪縛 
8「モランとの一夜」――信仰の逆説 
9『静かなアメリカ人』――無邪気と経験の弁証法 
10『キホーテ神父』――デカルト的セルバンテス 

あとがき

グレアム・グリーン年譜
参考文献
索引

関連書

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