連邦防衛のためにアメリカ社会と戦争の歴史

アメリカ社会と戦争の歴史 連邦防衛のために For the Common Defense: A Military History of the United States of America

A・R・ミレット 著, P・マスロウスキー 著, 防衛大学校戦争史研究会 訳, 井上 偉彦, 今村 伸哉, 上野 一哉, 岡本 正治, 川村 康之, 北川 敬三, 小栁 順一, 松島 和美, 松本 正則, 山口 昇, 横山 久幸
A5判 / 946ページ / 上製
定価:9,500円 + 税
ISBN978-4-7791-1588-2 C0022
奥付の初版発行年月:2011年06月 / 書店発売日:2011年06月27日
 ※PayPalでのクレジット払いか代金引換着払いがご利用いただけます
※受注翌々日営業日までに発送します。地域によりますが、2~5日ほどでお届けします。International shipping is not available.
注文・返品などについて詳しくは「特定商取引法に基づく表示」のページをご確認ください。

内容紹介

先住民との戦いと植民地戦争から独立戦争、南北戦争、第二次世界大戦、冷戦から湾岸戦争まで, アメリカの歴史は、“戦争の歴史”でもあった。個人主義、楽観主義、起業家精神、自由放任主義、民主主義、強迫観念、移り気な社会というアメリカ的特質を底流において見えた新しい軍事史。


訳者あとがき────────────────────────────────────────

 本書は、Allan R. Millet & Peter Maslowski, For the Common Defense: A Military History of the United States of America の全訳である。本書の翻訳にあたったのは、防衛大学校の防衛学群に所属する教官有志である。本書の翻訳に取りかかってから、とても長い期間が経過してしまった。その間、人事異動によって翻訳担当者が防衛大学校の教官から別の職務に就くことがあったが、基本的には引き続き翻訳業務を遂行した。
 本書には、このような本来の職務の傍らに大勢の人々が大きな努力を払って翻訳する価値が本当にあるのだろうか。その理由の一つには、現在、アメリカの軍事史に関する権威のある通史が本書以外には存在しないことがある。アラン・ミレットとピーター・マスロウスキーの二人の大学教授は、現在のアメリカを代表する軍事史家であり、その点で、本書を「権威のあるアメリカの軍事に関する通史である」と称することは誤りではない。また、本書はすでに1984年に出版されており、この度の翻訳の対象となった著作は一九九四年に出版されたものである。したがって、本書は、これまでの十分長い間、歴史の評価を受けてきたといえるであろう。
 しかしながら、1994年から今日に至るまでに様々なできごとが起こり、その中には9・11ニューヨーク同時多発テロのような重大な事件が含まれている。したがって、アメリカの軍事史として、このようなできごとに対する何らかの補足が必要になっているではないだろうか。このような不安があったので、日本語版の序文を依頼する際に、1994年版が出版されてからの変化を補足するような序文を著者にお願いした。一方、改訂に関する著者の見解は、「大幅な改訂の必要性はない」というものであった。もちろん、歴史的な経験の解釈がその都度の眼前の状況に応じて変更を迫られる事態はそれほど多くはなく、9・11事件やその後のできごとへの対応もまだ歴史的に評価するまでには至っていない。ミレット教授は、このようなわれわれの要求に対して、長文の序文をもって懇切・丁寧に答えてくれた。
 ここで、本書の特色について述べておこう。本書は、アメリカの軍事的な成功の歴史だけを取り上げたいわゆる国威発揚のための著作ではない。そうではなくて、本書は、アメリカの軍事史を一般的な政治、経済や社会の歴史の中でとらえる、「新しい軍事史」の中に含まれる。このような新しい軍事史が確立されたのは、1970年代の後半から80年代にかけてである。それまでの軍事史は、戦闘における勝利の要因や教訓を汲み取ることを目的として書かれたものが多く、軍事を中心とし、戦争における主要な戦闘に焦点をあてて記述する傾向があった。しかし、勝利の要因や教訓を抽出することは、軍事を中心に分析しても実際には非常に困難なのである。また、軍事史の発展過程において、これほど人間の生活に大きな影響を与える戦争の分析が狭い軍事分野に限定されたままでよいのかという問題意識が生じた。このことが、新しい軍事史の誕生を促したといえる。
 軍事分野におけるこれまでの分析を見直す動きは、軍事史のみにとどまらない。軍事史や戦略思想史の分野において、このように考察の幅が広がり、軍事を政治・経済・社会という全体の一部として捉えようとする動きは、新しい軍事史の誕生と同じ時期に始まった。このことは、戦後約30年間続いた核戦略をめぐる議論が一段落したことと関係がある。核兵器は、科学技術の発達によって破壊力の増大が極限に達したものであり、結局戦争遂行のための手段としてではなく、相手の核兵器の使用を抑止する手段としてのみ存在意義を有していた。しかし、核兵器の存在によっても、戦争や紛争の発生を抑制することはできなかった。このような発展過程の中で、現代においては、戦争という巨大な社会現象を総合的・体系的に捉えようとする傾向が強くなったのである。そして、その先駆となったのが、ピーター・パレット編、防衛大学校「戦争・戦略変遷」研究会訳『現代戦略思想の系譜――マキャベリから核時代まで』(ダイヤモンド社、1989年)である。
『現代戦略の系譜』は、当時防衛大学校で問題となっていた「戦略の科目において何を教えるべきか」を検討するために設置された教官有志の研究会において、その研究の一環として翻訳されたものである。われわれは、『アメリカ社会と戦争の歴史――連邦防衛のために』を防衛大学校における教育のための副読本とすることを意図して翻訳にあたったが、同時にわが国における新しい軍事史の発展に寄与することを期待した。
 翻訳を通じて改めて感ずることは、アメリカ社会における軍事の非効率性である。アメリカ社会では、植民地時代の民兵の伝統、その後のアメリカ大統領と連邦議会の関係などによって政治と軍事の関係が規定され、そこでは必ずしも効率性の原則が支配的であったわけではない。ある国における政治と軍事の関係は、特に第一次世界大戦を前にした主要国とアメリカを比較した場合に顕著である。また、第二次世界大戦を前にした日本とアメリカにおいても、その差異が明確に現れている。これは、軍隊に対する文民統制の重要性を表しており、どちらがその国民にとって幸せな結果をもたらしたのかはいうまでもない。文民統制とは、ある国の歴史や伝統に基づく制度であって、軍事に対する政治の優位という大まかな規範はあったとしても、単一の具体的な規則があるわけではない。
 その一方で、本書は、戦争の歴史に関するものであり、そこには人道主義や博愛主義の入り込む余地は当然のことながら少ない。南北戦争は、アメリカの歴史上最大の犠牲者を出した長期間にわたる戦争であり、人類史上初めての近代戦と呼ばれている。それは、南北で徴兵制が導入され、全面戦争として市民のすべてに戦争に貢献することが要求されるようになったからである。南北戦争にみられるように、戦争における重荷を負担し、これに耐える力は、国家の存在にかかわる重要な要素である。このような意味で、本書の中から印象的な部分を取り上げてみよう。
 第二次世界大戦中、アメリカは、イギリスからヨーロッパ大陸に対する戦略爆撃を行なっていた。エーカー中将の率いる第八空軍は、1943年8月17日、ドイツのシュバインフルトとレーゲンスブルクの空襲を行なった。同行掩護の戦闘機を欠いていたため、315機のB-17爆撃機のうち60機が撃墜され、各機あたり10名の搭乗員が犠牲になった。また、10月にドイツへ向かった230機の爆撃機のうち60機が失われた。第八空軍の搭乗員の損耗率は、毎月30%に達した。このような損耗率の高さから、イギリス空軍は戦略爆撃の目標を夜間の都市爆撃に切り替えたが、アメリカ空軍は昼間の精密爆撃によるドイツの産業基盤に対する戦略爆撃を続けた。ようやく一九四四年になってからこのような大量の損耗が出なくなったが、それは、P-38ライトニングやP-47サンダーボルト戦闘機による同行掩護が可能になったからである。そして、われわれは、このようなできごとから、戦争における人間の意志の力や信念の重要性を学ぶことができる。
 われわれは、本書が日本における新しい軍事史の発展や戦争・軍事に対する総合的・体系的な理解に貢献することを切に期待している。また、最後になったが、われわれの努力を支え続けてくれた彩流社社長竹内淳夫氏に心から感謝する次第である。

   2011年4月
                        翻訳者を代表して  川村 康之



前書きなど

日本語版への序文

 マスロウスキー教授と私は、本書『アメリカ社会と戦争の歴史──連邦防衛のために』が、防衛大学校の教官によって、邦訳に値する著作であると認められたことに喜びを感じている。私は、本書の英語版が日本ですでに読まれていることを承知しているが、日本語版の出版によって、さらにより広い範囲の読者に対して、この本を容易に読める機会を提供することになるであろう。アメリカと日本の同盟関係が今後も続くことを前提とすれば、それぞれの軍隊に関して相互に理解を深めることは極めて重要である。特に、日米の軍隊がまったく異なった文化と歴史的な環境の中から生まれたことを考えると、この点はさらに明確になる。くわえて、一九四一年から四五年の間に、アメリカと日本の両国は、お互いに計りしれない残酷さをもって戦ったことを忘れてはならない。われわれの国民によって選ばれた政治家が、国家の武勇の歴史や敢闘精神に興味を抱くことを期待するのは心地よいことだが、それは過大な期待であろう。その一方で、私は、連邦議会下院軍事委員長のアイク・スケルトン議員が『アメリカ社会と戦争の歴史──連邦防衛のために』を重要な著書であると認めてくれていることを知っており、他の議員たちも、そのように見なしてくれることを期待している。
 二〇年以上にわたって、『アメリカ社会と戦争の歴史──連邦防衛のために』は、アメリカの大学や軍学校において、軍事史に関する主要な教科書として用いられてきた。本書と似たような多くの著作が出版されており、そのいくつかは質的内容も高い。そして、われわれの著書が一九九一年の湾岸戦争で終っているのに対して、最近出版されたものは、近年の事象までを取り扱い、対象とする範囲も広い。マスロウスキー教授と私は、近い将来、本書を見直す予定であり、対象期間も、イラクとアフガニスタンの戦争まで広げることにしている。しかしながら、われわれは、次の版は大きな改訂版ではなく、最新の情報にあわせた更新版にするようにすでに決定している。
 なぜ、『アメリカ社会と戦争の歴史──連邦防衛のために』が時間の試練に耐えていまだに有益である、と著者は確信できるのであろうか。一つには、われわれ二人は、現在も大学の学部学生にアメリカの軍事史を教えており、かつその分野の最新の動向に接していることにある。われわれは、毎年出版される重要な著書や論文を読んでいる。多くの人々が、アメリカの軍事史、なかでもアメリカが関与した主要な戦争の各種の側面について、その刺激的な内情や大胆な解釈を提供している。しかしながら、われわれが読んだものの何一つとして、本書が取り組んでいる多角的なテーマ、すなわちアメリカの軍事的経験の本質を探ることを変更するように迫る著作は見当たらなかった。
 ただし、われわれは、アメリカの軍事的経験の特異性だけを取り上げて、アメリカの軍事に内在する美徳を正当化し、あるいは戦場における勝利、戦略的な優越、戦時下の高度なレベルでの政治的指導力などを担保するアメリカの特別な国民性を称賛しようとしているわけではない。とはいえ、アメリカの軍事的経験には、ヨーロッパの軍隊や日本の旧軍の歴史とは異なる側面がある。この相違は、必ずしも良いことばかりではないが、いかに文化によって軍事的要求が左右されるかを浮き彫りにしている。日本人にもなじみ深い一例を挙げれば、軍隊の規律を向上させるために伍長が新兵に対して行う体罰の歴史がある。体罰は、積極的な精神や士気を育むことができなかった時代において、兵士を統制するための主要な手段であった。もし、一九世紀のアメリカの陸海軍将校団に、鞭、棍棒や拳骨以外の選択肢がなかったとしたら、軍隊はその世紀末までに消滅していたであろう。しかし、そうはならなかった。民兵と社会の改革者は軍隊の体罰に抗議し、議会は、一八六二年、上級者による虐待と直接的な体罰を禁止した。また、そのほかの改革者の要求によって、公費によるアルコールの支給と組織的な売春が廃止された。アメリカ人が一九一八年にフランスで目撃したように、フランス軍は、そのような禁止事項を理解できず、泥酔、脱走、強姦や性病のような「邪悪なもの」の管理を、むしろ軍が後援した方が、それらを予防できると主張していた。アメリカの政治的エリートたちは、当時でもまだ新教的な清教徒主義にとらわれていて、このようなヨーロッパのやり方を決して許容できなかったのである。
 われわれは、本書において、アメリカの軍事史を国家の一般的な政治、経済や社会の歴史の中でとらえようとした。ラッセル・F・ウエイグリーの著書『アメリカ流の戦争方式(The American Way of War, 1973)』の題名のように、アメリカにはアメリカ独自の戦争のやり方があるのかもしれないが、これは、アメリカ軍の高官によって「戦争の必要性(the necessities of war)」としばしば表現されるような軍事的機能主義によって、各種の妥協を強いられた結果、必然的に生まれたものである。この妥協は、あるときは軍事的な効率を強化し、またあるときは反対に作用する。このような前提に立って、われわれは、色々な環境の中の「緊張」を取り扱うことを試みた。たとえば、個人主義、楽観主義、起業家精神、自由放任主義、民主主義、強迫観念(コンプレックス)、移り気な社会というような要素が、平時と戦時における軍務にどのような「緊張」をもたらすかといったことである。ただし、これを分析するにあたっては、平時の軍隊と戦時の軍隊は、まったく異なる組織ということに注意しなければならない。この「緊張」は、アメリカのもっとも重要な三つの戦争、すなわち独立革命(独立戦争)、南北戦争と第二次世界大戦において特に顕著である。これらの戦争のそれぞれが、三つの異なった時代におけるアメリカ社会をよく表している。たとえば、戦時の軍務のために大規模な動員を行なえば、軍隊での勤務と死の危険性、性別あるいは人種別の任務、民兵(州兵)か連邦軍かの選択、家族の団結、職業による兵役免除、市民としての権利、宗教的価値観や政治的影響などの局面で、公平性の要求をめぐってあらゆる種類の「緊張」が噴出する。アメリカだけがこれらの問題に独占的に対処してきたわけではないが、アメリカの町村、地方、州や連邦政府の間における権力と正当性の分散は、外国人にとって非常にわかりにくく、アメリカ軍の人的動員に独特な複雑さをもたらしている。この主張に疑問を抱く者は、一九四〇年から一九七五年の非アメリカ人に対する選抜徴兵登録制度(SSS)を思い起こすとよい。
 われわれは、「アメリカ流の戦争方式」を各種の方法で分析することを試みた。その一つのテーマは、軍隊に対する文民統制の重要性であり、これは植民地時代の遠い昔まで遡って、法律と現実の乖離について論じている。文民統制は、しばしば行政の長(大統領または州知事)と立法府(連邦議会または州議会)の間に、さらに連邦制度における連邦政府と州政府の間に、「緊張」を引き起こす。また、われわれは、いかに戦略が政治的な力によって決定されるかということ、換言すれば、戦略が単に「戦争の原則」あるいは「古典的な戦略思想」という意味では説明できないことを示そうとした。今日のアメリカが、ナポレオンのような戦い、一例を挙げれば、一八四七年から一八四八年のウィンフィールド・スコット将軍によるメキシコシティーへの進撃のような軍事活動を実際に行なったとすれば、それはほぼ奇跡か偶然の産物にみえるであろう。さらに、「アメリカ流の戦争方式」における経済は、連邦政府との間で摩擦を起こして、「緊張」を生み出す。具体的に言えば、連邦政府が軍需品の所要量を適時に購入・調達・徴発しようとすれば、市場・資本主義経済においては、当然のごとく「緊張」が発生するのである。だが、この「緊張」は物事の実態を見抜く重要な力を提供してくれる。たとえば、一七七五年から一九四一年の間、敵との貿易は「アメリカ流の戦争方式」の一部であった。「産軍複合体」の批判者は、アメリカが世界でもっとも積極的な兵器商人であることを理由に、この状況が今日でも続いていると主張するであろう。これまで縷々述べてきたことについては、序章の中で詳しく、明確に議論されている。
 冷戦が終結してからも、「アメリカ流の戦争方式」の本質的要素が変わるようなことは何も起こらなかった。第二次世界大戦で明らかになったように、戦争遂行のための投資として、兵士の命よりもドルの方が好まれる。今や、ドルは、航空兵器、スタンドオフ型兵器(長射程で高度な命中精度を持つ兵器)、空中あるいは地上用の高機動ビークル、電子偵察・誘導システムや熟練した兵士への投資を意味している。部隊防護とは、兵士を防弾チョッキで護るばかりでなく、彼らにレーザー誘導兵器、個人用無線機、キャメルバッグ(背中に背負う水筒)、さらには、繭の中にいるようにすっぽり覆われている装甲車両や高度な医療支援を与えることまでも意味している。ロバート・ハインラインの空想科学小説『スターシップ・トゥルーパーズ』に描かれている兵器や装備は、もはやそれほど魅力的ではなく、また小説に登場する巨大昆虫を殺すだけでは非常に贅沢品となった。とはいえ、現代を象徴するものは、超能力の生物学的・電子的なアーノルド・シュワルツネッガーではなく、コンソール席に座り、数千マイルも離れた無人の金属製の飛行体からミサイルを発射する、聡明で、近視眼的で、かつ沈着冷静な空軍兵士である。その目標が適切かどうかは、別の次元の問題なのである。空想にあふれた「押しボタン戦争」の一世紀が終り、未来が現実化した。ボタンは携帯電話やコンピュータ機器に代わり、ミサイルの発射のみに使用されるわけではない。そして、先端技術のいくつかは、数世紀にわたって憎悪をたぎらせてきた反乱部族やジハードの戦士の手にもわたっている。
 二〇〇二年以来、イラクやアフガニスタンへ派遣する地上軍兵士を交代させるために、一四五万八五七九人の将校と下士官・兵の増強が認められたが、これに比例して国防費も増加した。二〇〇二年会計年度の国防費は三二六〇億ドルであったが、七年後の二〇〇九年には六六二〇億ドルと倍増した。景気後退の最中でさえも、アメリカの国防支出は、国内総生産(GDP)の四・八パーセント、連邦予算の二一パーセントを占めている。アメリカは、世界の軍事費の四八パーセントを支出している。国防費は、どれくらいで十分なのだろうか、あるいは多すぎるのではないだろうか。この答えは、誰を潜在的な敵と考えるのか、またどれくらい軍事的危機が差し迫っていると考えるのかにかかっている。イラクとアフガニスタンで対反乱(COIN)作戦が続いている中で、アメリカ軍は、通常戦力と核戦力の混合された戦争を抑止するという、もっと重大な任務を依然として担っているのである。この種の戦争は、インドとパキスタンの間で、あるいは二つの朝鮮の間で、あるいは中国と日本の間で起こるかもしれない。どのような事件がそうした紛争の引き金になるかは予測できないが、二〇世紀が驚きの連続であったように、二一世紀が今までとは違うと考える理由はない。
 軍事史の価値を問う論文には、過去を知ることによって、現在と将来に対する明白な手がかりが得られると主張するものが多い。特に、専門職業の将校によって発見された軍事に関する歴史はそうである。もっとも賢明な歴史家――イギリスのマイケル・ハワードを思い浮かべるかもしれない――は、戦略的・作戦的な実例として本当に価値のある歴史上の適切な教訓を導き出すことは、夜間に地雷原を人力で無力化するように非常に困難なことである、とわれわれに警告している。本書『アメリカ社会と戦争の歴史──連邦防衛のために』は、アメリカの軍事に関する歴史から、たとえばバグダッドを安定化させるような差し迫った問題を解決する教訓を引き出すために書かれたのではないが、アメリカ人が本書から答えを探し、もっとも解決の可能性の高いものを選択するという思考プロセスを示唆するであろう。歴史は、進むべき道を示すものではなく、パズルのようなものである。現在起きていることと、これに関係する主要人物の影響を無視することがなければ、われわれは、歴史的な文脈が国家安全保障の担当者と専門職業の軍人にとって極めて重要であると信じている。われわれは、本書を通じて、読者が、アメリカの軍事史と現在と未来に与えたアメリカ軍の影響について、理解を深めることを期待している。

   二〇一〇年一月七日
                    ルイジアナ州ニューオーリンズにて
                                   アラン・R・ミレット 

版元から一言

何故、アメリカは戦い続けるのか!?
新世界のアメリカ、そのフロンティア精神が平時と戦時において政府と人民にどのような“緊張”をもたらし続けたか……。
多角的なテーマから、アメリカの軍事体験の本質を探る労作。

★新世界(新大陸)に入植後のアメリカの歴史は、一面で“戦争の歴史”でもあった。
★先住民との戦い、植民地戦争から独立戦争、南北戦争、第二次世界大戦、冷戦から湾岸戦争までを詳述。
★軍事史を国家の一般的な政治、経済や社会の歴史の中でとらえようとした本書は、アメリカ的特質——個人主義、楽観主義、起業家精神、自由放任主義、民主主義、強迫観念、移り気な社会というような要素——が、平時と戦時における政府と国民の間にどのような「緊張」をもたらしたかを、重要な三つの戦争——独立革命(独立戦争)、南北戦争と第二次世界大戦において分析する。
★「アメリカ流の戦争方式」を各種の方法で分析——文民統制、経済、国際関係などの実相を描き、現在と未来への手がかりを示す。

(社)日本図書館協会 選定図書

著者プロフィール

A・R・ミレット(ミレット,A.R.)

ニュー・オーリンズ大学教授(歴史学)、同大学アイゼンハワー・アメリカ研究所長、国立第二次世界大戦博物館主任軍事顧問、国際軍事史学会副会長。
オハイオ州立大学大学院博士課程修了(歴史学博士)、オハイオ州立大学歴史学部教授、韓国国防大学客員研究員、アメリカ軍事史評議会会長などを歴任。アメリカ軍事史学会よりサミュエル・エリオット・モリソン賞を受賞(2004 年)。

P・マスロウスキー(マスロウスキー,P.)

ネブラスカ・リンカーン大学教授(歴史学)
オハイオ州立大学博士課程修了、米陸軍大学客員教授、アメリカ軍事史学会よりサミュエル・エリオット・モリソン賞を受賞(2010 年)。

井上 偉彦(イノウエ タケヒコ)

防衛大学校防衛学教育学群准教授
防衛大学校卒業、東京工業大学総合理工学研究科博士課程修了(工学博士)。
技術研究本部航空機開発第三室室員、航空幕僚監部技術部技術第二課課員、技術研究本部岐阜試験所所員などを経て現職(二等空佐)。(第2・3章)

今村 伸哉(イアムラ ノブヤ)

元防衛大学校教授
防衛大学校卒業、国士舘大学大学院政治学研究科修了、陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。
陸上自衛隊第三師団幕僚、同幹部学校教官、ライデン大学・オランダ国防省軍事史課客員研究員、防衛大学校教授などを経て退官(一等陸佐)、その後、在日米軍アジア研究所アナリスト、日本文化大学教授などを歴任。(第17・18章)

上野 一哉(ウエノ カズヤ)

元防衛大学校防衛学教育学群戦略教育室長
防衛大学校卒業、埼玉大学大学院政策科学研究科修士課程修了(政治学修士)、航空自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。
航空自衛隊救難整備群司令、航空幕僚監部人事教育部給与室長、航空自衛隊第2補給処副処長、防衛大学校防衛学教育学群教授、同学群戦略教育室長などを経て退官(空将補)。(第15・16章)

岡本 正治(オカモト マサハル)

元防衛大学校防衛学教育学群国防論室長
防衛大学校卒業、オーストラリア軍統合幕僚学校修了、防衛研究所指揮幕僚課程修了。
外務省北米局安全保障課課員、内閣情報調査室室員、海上自衛隊第一整備補給隊司令、海上幕僚監部厚生課長、防衛大学校防衛学教育学群教授、同学群国防論室長など経て退官(海将補)、その後、民間企業勤務。(第10章)

川村 康之(カワムラ ヤスユキ)

元防衛大学校防衛学教育学群教授
防衛大学校卒業、ドイツ連邦軍指揮大学修了、法政大学社会科学研究科修了(修士)。
陸上自衛隊第4普通科連隊長、防衛大学校教授などを経て退官(一等陸佐)、その後、防衛大学校防衛学教育学群教授、同副学群長を歴任。(序、第1章)

北川 敬三(キタガワ ケイゾウ)

海上自衛隊護衛艦まつゆき艦長
アメリカ海軍兵学校卒業、防衛大学校総合安全保障研究科卒業(安全保障学修士)。
海上自衛隊幹部候補生学校教官、同第3護衛隊群司令部通信幕僚、海上幕僚監部防衛部運用課課員、ゴラン高原UNDOF司令部副広報幕僚、護衛艦みねゆき船務長兼副長、海上幕僚監部防衛部防衛課などを経て現職(二等海佐)。(第11・12章)

小栁 順一(コヤナギ ジュンイチ)

笹川平和財団主任研究員
防衛大学校管理学卒業、防衛大学校総合安全保障研究科卒業(社会科学修士)。
在バングラデシュ日本大使館館員、情報本部電波部部員、防衛研究所研究部部員、防衛大学校防衛学教育学群准教授などを経て現職。(第5・6・7章)

松島 和美(マツシマ カズミ)

元航空自衛隊幹部学校研究部戦略研究室研究員
亜細亜大学法学部卒業(香港中文大学亜洲課程留学)、防衛大学校安全保障研究科卒(社会科学修士)。防衛大学校准教授、統合幕僚監部運用部員、航空自衛隊幹部学校研究部戦略研究室研究員などを経て退官。(第13・14章)

松本 正則(マツモト マサノリ)

陸上自衛隊幹部学校教育部戦略教官
防衛大学校卒業、防衛大学校総合安全保障研究科卒業(安全保障学修士)。
在日米陸軍司令部陸上連絡官、防衛大学校防衛学教育学群助教授などを経て現職(二等陸佐)。(第8・9章)

山口 昇(ヤマグチ ノボル)

防衛大学校防衛学教育学群安全保障・危機管理教育センター長
防衛大学校卒業、フレッチャー法律外交大学院修士課程修了(修士)。
ハーバード大学オリン戦略研究所客員研究員、在米大使館防衛駐在官、防衛研究所副所長、陸上自衛隊研究本部長などを経て退官(陸将)。その後、防衛大学校教授を経て現職。(終章)

横山 久幸(ヨコヤマ ヒサユキ)

防衛大学校防衛学教育学群准教授
防衛大学校卒業、防衛大学校理工学研究科卒業、桜美林大学大学院国際学研究科博士前期課程修了(国際政治修士)、航空自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。
航空幕僚監部防衛部通信電子課課員、航空自衛隊幹部学校研究部戦略研究室研究員、防衛研究所戦史部所員、防衛大学校助教授などを経て退官(一等空佐)後、現職。(第4章)

目次

日本語版への序文 3

謝 辞 13
序 17
第1章 危険な新世界(1607~1689年) 21
第2章 植民地戦争(1689~1763年) 47
第3章 独立革命(1763~1783年) 81
第4章 新しい共和国の防衛(1783~1815年) 127
第5章 軍隊と領土の拡大(1815~1860年) 171
第6章 南北戦争(1861~1862年)223
第7章 南北戦争(1863~1865年) 285
第8章 戦後の復員から大国の地位へ(1865~1898年) 345
第9章 アメリカ帝国主義の誕生(1898~1902年) 391
第10章 大国の軍事力建設(1899~1917年) 433
第11章 第一次世界大戦におけるアメリカの戦い(1917~1918年) 467
第12章 戦間期の軍事政策(1919~1939年) 507
第13章 アメリカと第二次世界大戦――敗北の淵から勝利の頂へ(1939~1943年) 543
第14章 アメリカと第二次世界大戦――勝利への道(1943~1945年) 585
第15章 冷戦と熱戦──核抑止と集団安全保障の時代(1945~1953年) 633
第16章 冷戦を戦う──アメリカの拡大抑止と封じ込め政策(1953~1965年) 677
第17章 曖昧な戦い──ベトナム戦争とアメリカの軍事力の衰退(1961~1975年) 721
第18章 連邦防衛と冷戦の終結(1976~1993年) 763
終 章 冷戦が終結して  811

別表A 主要戦争の従軍者と戦死傷者(一七七五~一九九一年) 819
別表B アメリカ軍と国家の発展 822
別表C 冷戦期のアメリカ軍兵力 822

訳者あとがき 823

全体の参考文献 103
各章別参考文献 23
索 引 1

関連書

ページの上部へ▲

タグ: ,