宗教的誠実さや正義感を支える信仰は評価されても、キリスト教的想像力に触れられることの少なかったディケンズ。だが、宗教的な罪理解が作品の構造とプロットに影響している作品は存在する。“キリスト教作家”としての再評価。
(社)日本図書館協会 選定図書
札幌生まれ。北星学園大学文学部英文学科卒業。
米国オレゴン州ルイス・アンド・クラーク大学 英文学専攻卒業(B.A. in English)。
英国ニューカッスル・アポン・タイン大学 宗教と文学専攻修士課程修了(M.A. in Religion and Literature)。
聖学院大学大学院アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科博士後期課程修了(学術博士、Ph.D.)。
遺愛女子高等学校教諭、東京農業大学非常勤講師などを経て、現在聖学院大学総合研究所特任研究員。
論文:“Dickens’s Religion: St. John’s Gospel and Our Mutual Friend”, “The Speakers of the Things of God: Evelyn Waugh, Graham Greene, and William Golding”, “The Last Judgment: The York Mystery Cycle and The Chester Mystery Cycle”, 「ディケンズとキリスト教――『主イエスの生涯』を中心に」ほか。
謝 辞…………………………………………………………………………………… 3
序………………………………………………………………………………………… 11
第1章 チャールズ・ディケンズ――アンビヴァレントな人間像……………… 15
1.ディケンズの宗教的態度 16
⑴ディケンズの作品における教会・聖職者・信徒の姿 16
⑵ディケンズの信仰遍歴について 18
⑶『主イエスの生涯』と聖書解釈 19
2.恐怖と悪にたいするオブセッション 23
⑴作品の世界を覆う闇と悪の様相 23
⑵恐怖と悪に対するオブセッション 28
⑶〈悪〉の解釈の意義について 31
第2章 善と悪の対立………………………………………………………………… 35
1.『ピクウィック・クラブ』――暗闇に投げ込まれた最初の光 36
⑴スケッチから小説へ 40
⑵この世のグロテスクな世界 42
⑶ピクウィックなるものの超越性 48
2.『オリヴァー・トゥイスト』――危うい悪との闘争 60
⑴時代背景 61
⑵『オリヴァー・トゥイスト』の超自然的悪 62
⑶〈悪〉の問題と意味 66
3.『骨董屋』――天使と悪魔 69
⑴ヴィクトリア朝の影 69
⑵天国への旅 70
⑶『骨董屋』の超自然的悪 71
⑷悪への挑戦 74
第3章 ヴィクトリア朝のバビロン………………………………………………… 77
『デイヴィッド・コパーフィールド』――真の故郷を求めて 78
⑴作品の形成 78
⑵デイヴィッドの物語 81
第4章 ディケンズによる罪と罰…………………………………………………… 97
1.『荒涼館』――最後の審判 98
⑴『荒涼館』の時間と空間 98
⑵二つの物語 100
⑶最後の審判 108
2.『リトル・ドリット』――罪の牢獄 111
⑴時代背景 111
⑵罪による監禁 115
⑶罪からの解放 124
第5章 回心と赦しへの希望………………………………………………………… 133
1.『二都物語』――死と復活 134
⑴神話としての歴史 134
⑵二つの都 135
⑶シドニー・カートンの死と復活 139
⑷クリスマスと復活 142
2.『我らの共通の友』――ディケンズによる終末論 145
⑴「復活」とバプテスマのメタファー 145
⑵死からの救い 151
結 び…………………………………………………………………………………… 159
チャールズ・ディケンズ年表………………………………………………………… 41
参考文献………………………………………………………………………………… 35
註………………………………………………………………………………………… 15
索引……………………………………………………………………………………… 1
序………………………………………………………………………………………… 11
第1章 チャールズ・ディケンズ――アンビヴァレントな人間像……………… 15
1.ディケンズの宗教的態度 16
⑴ディケンズの作品における教会・聖職者・信徒の姿 16
⑵ディケンズの信仰遍歴について 18
⑶『主イエスの生涯』と聖書解釈 19
2.恐怖と悪にたいするオブセッション 23
⑴作品の世界を覆う闇と悪の様相 23
⑵恐怖と悪に対するオブセッション 28
⑶〈悪〉の解釈の意義について 31
第2章 善と悪の対立………………………………………………………………… 35
1.『ピクウィック・クラブ』――暗闇に投げ込まれた最初の光 36
⑴スケッチから小説へ 40
⑵この世のグロテスクな世界 42
⑶ピクウィックなるものの超越性 48
2.『オリヴァー・トゥイスト』――危うい悪との闘争 60
⑴時代背景 61
⑵『オリヴァー・トゥイスト』の超自然的悪 62
⑶〈悪〉の問題と意味 66
3.『骨董屋』――天使と悪魔 69
⑴ヴィクトリア朝の影 69
⑵天国への旅 70
⑶『骨董屋』の超自然的悪 71
⑷悪への挑戦 74
第3章 ヴィクトリア朝のバビロン………………………………………………… 77
『デイヴィッド・コパーフィールド』――真の故郷を求めて 78
⑴作品の形成 78
⑵デイヴィッドの物語 81
第4章 ディケンズによる罪と罰…………………………………………………… 97
1.『荒涼館』――最後の審判 98
⑴『荒涼館』の時間と空間 98
⑵二つの物語 100
⑶最後の審判 108
2.『リトル・ドリット』――罪の牢獄 111
⑴時代背景 111
⑵罪による監禁 115
⑶罪からの解放 124
第5章 回心と赦しへの希望………………………………………………………… 133
1.『二都物語』――死と復活 134
⑴神話としての歴史 134
⑵二つの都 135
⑶シドニー・カートンの死と復活 139
⑷クリスマスと復活 142
2.『我らの共通の友』――ディケンズによる終末論 145
⑴「復活」とバプテスマのメタファー 145
⑵死からの救い 151
結 び…………………………………………………………………………………… 159
チャールズ・ディケンズ年表………………………………………………………… 41
参考文献………………………………………………………………………………… 35
註………………………………………………………………………………………… 15
索引……………………………………………………………………………………… 1
序
一九世紀は、あからさまに宗教的な教訓を表現するイデオロギー的な文学作品が数多く現われた時代である。この時代に活躍したチャールズ・ディケンズは、そのような、いわゆる「護教的な」作家ではなく、また、ジョージ・エリオットのように明確な宗教的背景を持つ登場人物に焦点を当てて描くというような作家でもなかった。一九世紀においては、ディケンズはキリスト教作家であるというよりも、むしろ宗教的な事柄など意に介せず、ただ大いに読者を楽しませてきた偉大な大衆作家であったというのが一般的な見方である。一方、作品に見られる膨大な数の聖書からの引用と引喩、シンボル、寓話的要素などから、ディケンズの聖書に対する精通ぶりは周知の事実であり、ディケンズの「広い意味における宗教的誠実さ」についても多くの批評家が認めているところである。ギッシングはディケンズが神やキリスト教的戒律に対して「実に美しく感動的な、素朴な崇敬の念を抱いている」と言って、その宗教的誠実さを強調している。しかし、作品に表現されているディケンズのキリスト教的ヴィジョンについて述べられる場合よく目にするのは、人道的な社会改革者あるいはモラリストであるディケンズの正義感を支えている土台としての信仰である。ディケンズの文学を論じる際に形而上学的な問題が軽んじられてきたことの要因として、ディケンズが心理描写中心のリアリズムを追求しようとしていなかったことや、理想と希望の実現の場として徹底的に「この現実世界」にこだわっていたことなどの特徴が挙げられる。フロベールがその作品の中で目指したように、ディケンズもまた「創造者にして全能なる神が、少しもその姿を見ることはできないが、しかし、どこにでもその存在が感じられるような」芸術的文学作品を生み出した偉大な作家であると確信する批評家が多いにもかかわらず、ディケンズ作品の中に感じられる神の存在というものについて、またディケンズの芸術におけるキリスト教的想像力とはどういうものかということについて、作品構造の面から論じられることはあまりに少ないように思われる。
この課題に取り組むにあたって、ディケンズのキリスト教を考える場合に重要と考えられる、ディケンズ文学のある特徴に着目したいと思う。ディケンズは、小説という芸術形態において、それまで他の誰にも成し得なかった方法で〈悪〉を描いてきた作家である。ディケンズは多くの犯罪者を描いたが、彼の描いた〈悪〉は、たんに犯罪という形で現れる道徳的悪だけではなく、人間にはどうすることもできない超自然的な悪が作品を覆っているのである。そのような圧倒的な悪の力を見据え、その問題と真剣に取り組んだ作家であるということが、ディケンズの特徴である。この特徴に着目し、ディケンズの悪に対する観念がどのようなものであったかを検証することによって、悪と対極にある善の問題を捉え、ディケンズの「キリスト教徒作家」としての芸術的真価を探ることが、本書の目的である。ディケンズの文学の作品構造に焦点を当てながら、モラリストとしてのディケンズではなく芸術家としてのディケンズを支える信仰について――ディケンズの〈光〉に向かうキリスト教的想像力とはどのようなものなのか、そしてそれはディケンズの豊かな文学世界にどのように関与しているのか――について考えてみたい。
本書では、まず、ディケンズの人間像を大まかに捉えた後に、具体的に作品を見ていく。作品分析における全体の構想の流れは、前期~中期~後期と作品の時代を追いながら、悪の問題がどのように発展し、変化をしているか、それによってキリスト教徒作家としてどのような成長をとげているかを追っていく。
第一章「チャールズ・ディケンズ――アンビヴァレントな人間像」では、ディケンズの宗教的背景と、作品を通じて見られる悪に対するオブセッションについて検証する。宗教的背景については、まず、作品中に描かれているディケンズの目に映った当時のイギリス社会におけるキリスト教会がどのようなものであったかを見ていく。さらに、ディケンズの信仰遍歴をたどり、最後は、唯一直接的にキリスト教を扱った作品である『主イエスの生涯』を分析することによって、ディケンズの聖書解釈について考察する。続いて、ディケンズの悪に対するオブセッションについて述べるが、ここでは、作品における悪の描写の特徴、恐怖と悪に関連する作家の子供時代の体験を見ながら、悪の解釈の意義について考える。
第二章からは、具体的な作品分析となる。第二章「善と悪の対立」では、初期の作品『ピクウィック・クラブ』(Pickwick Papers)、『オリヴァー・トゥイスト』(Oliver Twist)、『骨董屋』(The Old Curiosity Shop)などを取り上げ、これら前期作品の特徴となっている「善と悪との対立」というディケンズ独特の神話的物語世界を研究する。
第三章は、ディケンズの作品群を前期と後期に分ける、その分岐点に位置する大作『デイヴィッド・コパーフィールド』(David Copperfield) を取り上げる。ここでは、前期作品に特徴的である神話的世界と後期作品におけるリアリティーが融合する中で、ロンドンを「ヴィクトリア朝のバビロン」と位置付け、そこに人間の堕落を象徴しながら、悪の問題を人間の罪の問題との関係において捉えていることを考察する。
続く第四章は、「ディケンズによる罪と罰」と題して、中期後半の作品である『荒涼館』(Bleak House)と、『リトル・ドリット』(Little Dorrit)を取り上げる。これらの作品は、ディケンズが深刻な社会問題に取り組むと同時に、人間の罪の問題に本格的に取り組んでいる作品である。ここでは、大きな社会問題を背景として、ディケンズが追究しようとした罪の問題と悪の裁きの問題について考える。
第五章「回心と赦しへの希望」では、後期作品の中から、『二都物語』(A Tale of Two Cities)と『われらの共通の友』(Our Mutual Friend)を取り上げ、贖いによる死からの救いと復活という中心的テーマを検証する。
(社)日本図書館協会 選定図書 宗教的誠実さや正義感を支える信仰は評価されても、キリスト教的想像力に触れられることの少なかったディケンズ。だが、宗教的な罪理解が作品の構造とプロットに影響している作品は存在する。“キリスト教作家”としての再評価。
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