独立後10 年余の若い国に駐在した一家の生活体験記。変化に富んだ気候風土と自然環境に育まれ、独自の文化と新しい生活環境を目指す人びととの交流の姿。サッカーで身近なカメルーンの知られざる伝統文化の一端を伝える。
昭和11年5月生まれ。
東北大学文学部社会学科卒。民間会社を経てジェトロに入る。カメルーン、旧ユーゴスラビア(現セルビア共和国)、チリに駐在。ジェトロ出版部出版課長、編集課長を歴任。国内外での勤務を通じ、人間社会の同質性と異質性を体感し、それを歴史研究に取り入れる。史遊会編『歴史のみち草』に大航海時代前後の日本の対外関係を執筆(彩流社刊)。
著書「遠い処へ」「岐路」「霧の彼方に」(『まんじ特集号』栄光出版社)
はじめに
1 カメルーンの商都ドアラ
闇の中のガードマン 蚊の襲来 エアコンのある家
2 子供たちのアフリカ
迷子 言葉の壁 フランス系の学校、幼稚園
3 暮らしと市場
新年の門付け 数少ない東洋人 「高い、高い」屋
4 仕事とバカンス
休暇のための労働 統計資料の入手
マラリアで入院 ブエアの日本人女性
5 商売、結婚、家族
手工芸品の輸出相談 一夫多妻 車の監視人
6 バミリケ地方
部族長の居宅 文字を創った王様 伝統文化と欧風化
7 食物と風土病
鼠騒動 動物は命の糧 体の中から蛆
8 北カメルーンの乾いた大地
アダマウア地方 リュムシキの月
ワザ国立公園の野生動物 哲のマラリア発症
9 セネガル、モーリタニア管見
荷物の紛失 奴隷積出港ゴレ島 精霊を宿したお面 砂漠の蝿
10 スペインへの休暇旅行
雨中、大西洋上をセスナ機で飛ぶ ドアラに強制送還 手違いの連続
11 日本を愛したカメルーン人
日本研究に情熱 突然の旅立ち 故郷の土に還る
12 郷愁のドアラ
資料 カメルーン共和国
資料 カメルーン共和国
はじめに
アフリカ西海岸の国、カメルーンのドアラで、三年四ヶ月過ごした。初めての海外駐在で、三十年以上前のことである。
赴任当時のカメルーンは、独立後十二年経ったばかりの若い国であった。政治、経済、文化のあらゆる面で、宗主国フランスの影響が色濃く残っていた。
国立民族博物館教授であった江口一久さんから三年ほど前に、北部カメルーンのマロアから絵葉書を頂いた。それには、北カメルーンは、私のいた頃とあまり変わっていないと書いてあった。
それから間もなく、江口さんは急逝された。彼は、退任後もカメルーンと日本の人と文化の交流のために、精力的な活動を続け、大きな足跡を残している。その志は、「地球おはなし村」として受け継がれ、関西を中心に世界各国との交流の輪が広がっている。
ドアラは、日本から遠く離れた瘴癘の地で、北緯四度、赤道に近い。
在任中、多くの危険や困難に遭遇した。
子供たちが迷子になり、暗闇の中をさ迷った。べツドの下から出てきた蛇が、後から毒蛇と知って背筋の凍る思いをしたこともある。息子がマラリアに罹り、命の危険に晒されたこともある。
だが、旺盛な好奇心とチャレンジ精神、家族の協力によって数々の困難を乗り越えることができた。妻は、新しい世界での生活に順応し、三歳の男の子と四歳の女の子は、戸惑いながらアフリカの風土に溶け込んで行った。
カメルーンでの体験は、生涯忘れえぬ思い出として、今でも私の脳裏に鮮明に残っている。ドアラの人々の温かい人情。自然の美しさと多様な気候風土によって育まれた人と文化。まるで月世界を見るような荒涼としたリュムシキの風景。ワザ国立公園内での野生動物の生態。アフリカ象の雄姿。そこには、自然を受け入れ、それと共生する知恵があった。
サハラ砂漠以南のアフリカは、暗黒大陸と言われていた。そうでないことも実生活を通じて理解できた。独自の文化を育て、西欧近代文明との調和を図って苦悩した王様もいた。人間の根源に触れる芸術も生み出している。
本書で描かれる私の体験はすでに長い時を経た現在、カメルーンの現状を伝えるものではないが、駐在期間中知己を得た人々との交流を通じ、人間社会の持つ同質性と異質性をできるだけ浮き彫りにし、カメルーンという国とそこに生きる人々を少しでも理解していただければ幸いと考えて本書をとりまとめた次第である。
独立後10 年余の若い国に駐在した一家の生活体験記。変化に富んだ気候風土と自然環境に育まれ、独自の文化と新しい生活環境を目指す人びととの交流の姿。サッカーで身近なカメルーンの知られざる伝統文化の一端を伝える。
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