『記紀』はなぜか瑞穂の国・日本を「葦原中津国」と呼び、「稲原中津国」とは言わない。古代製鉄の原料は水草の根に付く水酸化鉄(湖沼鉄・褐鉄鉱)であり、神武東征の立寄り先は全て「汽水域」の葦原であった。その意味は?
国家興隆の大きな要因は鉄資源の確保であるが、古代において鉄資源はどのように確保され、製鉄されたのか。驚いたことには「鉄の母国」とされるヒッタイトの鉄資源・製鉄に関する報文・論文が皆無であり、鉄資源と錫資源ソースが全く不明とされていたことである。
第一章は「古代における鉄資源のソースを明らかにすること」だが、探求の結果は「古代製鉄の原料は水草の根に付く水酸化鉄(湖沼鉄・褐鉄鉱)」であった。
錫も川底の砂から取る。つまり鉄も錫も水中から採取するためにその所在・痕跡が不明だったのである。
製鉄・鍛冶は巨大な技術・産業システムであり、その技術・経営ノウハウは集団で担われ、伝承されたものであった。鍛冶集団・製鉄族の存在である。彼らは村々を渡ることによって、市場規模を確保・拡大し、交易も行う。彼等は工人であり、商人だった。そんな集団の力が歴史に反映されないわけが無い。各地には鍛冶王伝説が残った。
第二章は、こうした鍛冶・シャーマン集団にスポットを当て、建国への関与・ロマンを追うものである。倭の建国も鍛冶・シャーマン集団によるものではないか、そんな目で『神武東征記』を見直すと、神武の立寄り先は全て「汽水域」の葦原であり、塩害のため農耕に適さない。明らかに彼は水草の根の湖沼鉄を追ったのだ。そうなると彼らも鍛冶・シャーマンだったことになる……。
(社)日本図書館協会 選定図書
1940年 旧台湾台北市生まれ
1959年 都立両国高校卒
1963年 東京大学農学部農芸化学科卒業 農学博士
食品会社勤務(2004年退職)を経て
現在、フィリピン協会監事 NPO法人国際資源活用協会顧問
2005年 早稲田大学第二文学部入学 現在在学中
はしがき
第一章 古代製鉄物語
1 オリエントの鉄
2 古代製鉄の基本技術
3 中国の鉄の歴史
4 鉄と商人
5 湖沼鉄(褐鉄鉱)製鉄
6 古代製鉄技術の伝来
7 兵主神社と河童
8 中国古代製鉄
9 古代製鉄原料——「水辺の鉄」
第二章 鉄と国家——「葦原中津国」とは?
1 鍛冶・シャーマン・陶工
2 神武東征——「水草と水銀を求めて」
3 考古学
4 饒速日と物部
5 火床・子宮・熔鉱炉
6 古代王朝の成立
7 日本の古代製鉄
(社)日本図書館協会 選定図書 『記紀』はなぜか瑞穂の国・日本を「葦原中津国」と呼び、「稲原中津国」とは言わない。古代製鉄の原料は水草の根に付く水酸化鉄(湖沼鉄・褐鉄鉱)であり、神武東征の立寄り先は全て「汽水域」の葦原であった。その意味は?
2009 年 6 月 17 日 5:03 PM
古代製鉄物語の感想
今までにないユニークな説論で大変興味深く読ませていただきました。私見としては、日本古代史は今のアカデミズム的な観点からは、到底解き明かせる事はできないと確信しており、様々な視点・分野から見つめなおし1から研究すべきで、アカデミズムを捨て、色々な職業の専門知識や一般の ド素人と呼ばれている人たちの単純な発想のなかにこそキーワードが隠されているように思えます。そんな「古代日本史研究やりなおし」のなかで、この研究はすばらしく私としては、もっとこれからも掘り下げてほしいと思います。
たとえば、・謎の多い「タタール人」と「たたら」と「祟り」に関係はないのか
・ネパールのカトマンズと阿蘇山には「湖の水を抜いた」という伝説が有るのはなぜか
・アカデミズムは「ユダヤ同祖論」を完全無視するがそれで良いのか(私は同祖論者ではないが、影響はかなり有ると思う)
・日本の文明は全て半島から来たと言われているが、華南の「呉・越」を無視していいのか
・猿田彦の「サルタ」は朝鮮語にすると「火をつける」という意味で有る事
・古代天皇に「根子」の付く天皇が多いのは
などなどなど、鉄の研究は日本古代史の最重要研究科目です。私もそれらの謎に挑戦していきたいとおもいます。
浅井さんも、今、早稲田で勉強されているそうですが、「記・紀」などは、適当に知識にとどめておくぐらいにして、それに惑わされないで下さい。又、せっかく早稲田にいらっしゃるなら、三好先生の「景教の研究」をオススメしますので是非研究して下さい。私は馬鹿ですが、話し相手にはなると思いますので、いつでも連絡下さい
2009 年 6 月 22 日 2:29 PM
>山口寛仁様
ご感想誠にありがとうございます。
今後とも弊社では、学者以外の方の意見も積極的に書籍化していけたらと思っております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。