「傘寿を迎えたとは思えぬほどの軽やかな登拝門に立たれた姿には、大きな目的を達成された人に特有の、霊気が漂う言い知れぬものが感じられた。平成の大修業者として、翁の名は刻され、後世に多くの人々によって後世に語り継がれて行くことでろう。これからも最高齢者としての登拝の行を重ねられることを願って止まない」[吉田健彦(日光二荒山神社宮司)]。男体山に登り始めて34年、ついに登拝千回を達成した田名網翁。病弱だった翁は、80歳でこの偉業を達成できるとは夢にも思っていなかったという。誰にも「老い」は訪れる。しかし、その老いの原因を探り、メカニズムを解明し、さらに修練を積むことで「若さ」を取り戻すことは可能なのだ。たゆまぬ研鑽と山の霊気が若さを取り戻す秘訣だという。二荒山神社の御神恵を戴き、いまも登拝を続ける翁。健康を害したのを機に、書を読み独学で気力・体力の回復に努めた翁。老いを吹き飛ばす驚異的なパワーの秘密が明される。
栃木県佐野市在住。1925年(大正14)1月5日、栃木県佐野市葛生町生まれ。葛生農商学校(現・青藍泰斗高校)卒業。東京高等工学校(現・芝浦工業大学)中退。1951年(昭和26)
吉沢石灰工業入社。30年間勤務し、1982年(昭和57)定年退職。その後、1983年(昭和58)
佐野厚生総合病院に就職。10年間、主にドライバーとして働く。現在、農作業と自慢のそば打ち
に励み、晴耕雨読の生活をおくっている。
田名網氏は32歳でヘルニアを患い、健康維持を兼ねて登山を開始した。日本アルプスなど数々の山を登り、初めて「栃木県日光市、二荒山神社(世界文化遺産)のある男体山」に登ったのが46歳のときだった。57歳で退職し、病院の事務員として働きながら多くの仏教書を読破。独学で座禅と気功を学ぶ。その後は次第に男体山に登頂するごとに気力と体力の充実を感じるようになって、62歳で100回登拝。1日2往復することもあった。いまも、毎日の散歩、懸垂、腕立て、スクワット、瞑想、座禅は欠かさないという「超人」的な心身の持ち主である。
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