内容紹介
言葉ではなく身体を通して伝承してきた世界を次世代に伝える。
アジア演劇における「精神性」を知るためには、民俗に根ざした伝承形態を分析することが大切である。アジアの舞踊や演劇は、神や精霊が顕現する「時空間」で、人びとの心の世界が表現される。宇宙、神(精霊)、身体表現、上演空間などを通して見たり/聞いたり/触れたりする世界から、見えない/聞こえない世界の「存在」を知る。本書は、アジア演劇の原風景として、「空間」「身体」「形象」を選び出し、アジアと日本に通底する深い「精神性」を探る。
著者プロフィール
- 著者プロフィール
宮尾 慈良(ミヤオ ジリョウ)
1948年、東京生まれ。1976年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。1980年、ハワイ・イースト・ウエスト・センター研究員。1991年、東京女学館短期大学助教授。1998年、アジア民族造形文化研究所教授。2000年、アジア演劇研究センター所長。ユネスコ・アジア文化センター視聴覚教材共同製作事業委員。BESETO演劇祭・アジア舞踊国際会議(ITI) 企画委員。福岡アジア賞、日経アジア賞、朝日舞台芸術賞、京都賞、各推薦委員。著書には『アジアの人形劇』(三一書房、1984)『アジア舞踊の人類学』(PARCO出版、1987)『アジア人形博物館』(大和書房、1993)『宇宙を映す身体』(新書館、1994)『アジア演劇人類学の世界』(三一書房、1994)『これだけは知っておきたい世界の民族舞踏』(新書館、1998)『東南アジア演劇史の研究』 (鼎書房、2000)等がある。
▼目次
[Ⅰ]比較芸能学へ(比較芸能論、神話空間の再上演、童姿遊風)
[Ⅱ]形象と境界(身体を読む、神霊になる人形、仮面考、古代インド演劇の劇場論)
[Ⅲ]舞踊の人類学(ラーマーヤナ劇の身体伝承、舞踊の人類学的アプローチ)
目次
▼目次
[Ⅰ]比較芸能学へ(比較芸能論、神話空間の再上演、童姿遊風)
[Ⅱ]形象と境界(身体を読む、神霊になる人形、仮面考、古代インド演劇の劇場論)
[Ⅲ]舞踊の人類学(ラーマーヤナ劇の身体伝承、舞踊の人類学的アプローチ)
ハダカノニョウボウ ロクジュウネンダイヲシップウノゴトクカケヌケタゼンエイブトウカイトウミカ 978-4-7791-1434-2 4-7791-1434-9 0023 裸の女房 60年代を疾風のごとく駆け抜けた前衛舞踊家・伊藤ミカ 伊藤文学 イトウ ブンガク 1932年東京生まれ。代沢小学校、世田谷学園、駒澤大学文学部国文科卒業。大学時代に大学歌人会を結成して活躍。歌集『靴下と女』がある。1964年の『ぼくどうして涙がでるの』は末の妹・紀子の心臓病との闘病生活と、同室の少年・芳っちゃん(5歳)との心の交流を描き日活で映画化、ヒットし、本もベストセラーになって心臓病の啓蒙に多大な貢献。1965年頃より同性愛の問題に取り組み、1971年7月、日本初の同性愛雑誌『薔薇族』創刊。再三再四、休刊復刊を繰り返したが遂に2009年4月、400号で終刊した。著書には、『心が砕けてしまいそう』『薔薇族編集長奮戦記』『薔薇を散らせはしまい』『薔薇ひらく日を』『編集長「秘話」』『薔薇よ永遠に』『薔薇族の人びと』等がある。伊藤文学ブログ▼http://bungaku.cocolog-nifty.com/barazoku/ 彩流社 サイリュウシャ 1971年1月11日、33歳の若さで事故死した前衛舞踊家・伊藤ミカ。
夫・伊藤文学が渾身の筆力で彼女の生涯を綴り、当時、脚光をあびたミカの全貌を記す。
世界中が熱かった60年代後半。日本では、とりわけ芸術・文化の世界では寺山修司や唐十郎の「演劇」、土方巽や大野一雄の「舞踏(ダンス)」は文化の最前線を牽引した。そんななか、一人の公立中学の教師・伊藤ミカは「舞踊」に目覚め、舞踊家として活動を開始する。マスコミの喧伝によって、世間からはスキャンダラスな存在と目されるが、澁澤龍彦・栗田勇・粟津潔・宇野亜喜良・金子國義・篠山紀信・四谷シモンら当時の尖鋭的な批評家・芸術家との交流を深め、その輝きを増す。しかし不慮の事故で短いその生涯を閉じてしまうのだった。知る人ぞ知る、まさに孤高の舞踊家・伊藤ミカを復権する。写真資料多数収載。
タグ: 演劇・芸能
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