抑留者たちの無念を想う慟哭のシベリア抑留

歴史から学ぶ ②
慟哭のシベリア抑留 抑留者たちの無念を想う

阿部 軍治 著
四六判 / 256ページ / 並製
定価:1,900円 + 税
ISBN978-4-7791-1573-8 C0022
奥付の初版発行年月:2010年10月 / 書店発売日:2010年10月06日
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内容紹介

遺骨収集も進まず、犠牲者の数も不明・・・・・・。
風化を許してはならない歴史の現実を訴える。
●なぜシベリア抑留は起きたか?
●抑留者たちはどこに収容されたか?
●なぜ多くの犠牲者が発生したか?
●抑留者たちは何をさせられたか?
●犠牲者たちは凍土の何処に眠るのか……。
●犠牲者たちへの鎮魂とは?
多くの疑問に答えるべく、さまざまな史料と視点から描かれた抑留の実態。

前書きなど

あとがき

 今年二〇一〇年はシベリア抑留が起こってからちょうど六五周年になる。シベリア抑留問題は北方領土問題とならんで、戦後の日ソ(現日ロ)間の大問題と位置づけられながら、結局たいして議論されることもなく、シベリアに放置された元抑留者たちのお墓同様に、置き去りにされてきた。その真相が、抑留者数も死亡者数も抑留生活や強制労働の実態も明確になっていないのにである。様々の問題が未解決のままなのである。それなのにこの問題はこれまでなぜか片隅に追いやられ、なにか蓋をされたみたいになってきた。
 そして、この間に帰還元抑留者たちの大部分は他界し、シベリア抑留についてだんだんと話題になることもなくなり、すでに大部分の日本人の記憶から忘れ去られてしまったように見える。もうマスコミなどが取り上げることもまれなので、若い世代の大部分には全く知られていないのが実情である。だから、抑留本は元抑留者たちが自費出版することはあっても、一般の出版社が刊行することはほとんどない。採算が合わないので、敬遠されるのだ。しかし、同胞がこれだけの苦しみと犠牲を払った大惨事をこんなにも容易に忘れ去ってよいものであろうか。抑留の発生、現地での牢獄的な生活、過酷な重労働、数々の犠牲などの抑留問題の真実を明らかにすべきではないのだろうか。不幸にもシベリアの地で果てて、帰国できなかった方々は国のために犠牲になったのであり、荒れ果てた墓地を整備し、あるいは探し出し、なるべく一人でも多くの遺骨を収集し、祖国に持ち帰り、家族のもとに引き渡すのが、国としての責任であり、われわれ国民の義務ではないのだろうか。それだけではとても犠牲の償いも御霊を慰めることもできないとは思うが、そうすることによって少しでも彼らの労苦と犠牲に報いるべきではなかろうか。
 今年六月、長らく待たれていた議員立法シベリア特措法が国会で可決成立した。法律は国に元抑留者たちに対して給付金を支払い、他方で、抑留の実態を解明し、埋葬地の整備や遺骨収集などを義務づけている。これは大きな一歩だと思う。ようやくこの問題にのせられていた蓋が取り除かれたのだ。ぜひとも法律を誠実かつ着実に実行してもらいたいと考える。
 本書の中に書いたように、ロシアや旧ソ連の抑留各地で近年若い世代が祖国の歴史への関心から日本人抑留問題についても調査研究し、論文やレポートを書くようになっている。それに引き換えわが国ではほとんど調査研究は見られないので、今後はぜひともとくに若い人たちにそれをやってもらいたいと期待している。本書では第二章で抑留各地域の推定抑留者数を、第七章では推定犠牲者数を詰めてみた。数字ばかりで読まされるお方にはたいへんお気の毒に思うが、いわば抑留真相解明のためのたたき台のつもりであえて試みた。それらと、その他いろいろ筆者の思い違いや間違いがあるかもしれないので、ぜひ読者の御叱正とご教示を賜りたくお願い致します。
 本書は、シベリア抑留についての前著(『シベリア強制抑留の実態』)と、その後収集した日本とロシアの関係資料を調査吟味し、一人でも多くの人にその真相を知ってもらい、この問題の風化に少しでもブレーキをかけられないものかと願って執筆計画を立てた。そして、本来はもっと大きな本とする予定で原稿を用意していたが、小型でないと出版は無理であることが分かり、だんだんと縮小することになった。そしてようやく彩流社が一般向けシリーズ「歴史に学ぶ」を企画していることを知り、本書の刊行目的とも一致するので、それに入れてもらうことになった。シベリア抑留問題こそはその歴史に最も学ばねばならないことは明白であるからである。
 とにかく前著に引き続いて、彩流社の竹内淳夫社長がお引き受けくださり、原稿は陽の目を見ることができた。そのような事情で本書はそのシリーズのサイズに合わせて元原稿をかなり縮小せざるを得なかったが、しかし、主要部分はそのままであり、シベリア抑留について読者の皆さんにはある程度分かってもらえると考えている。それによって、微力ながら少しでも抑留問題の風化を食い止めたいという、本書刊行にかけた筆者の願いは一応達っせられるのではないかと期待している。氏に心から感謝申し上げたい。

版元から一言

はじめに──シベリア抑留とは何か、問題点の提起

 シベリア抑留とは何か、本書は種々の問題点を検討しつつ、その真相を可能な限り明らかにし、抑留の実態をなるべく多くの人に理解してもらうことを目的にしている。
 一九四五年、太平洋戦争終結直後、満州や樺太や千島列島に駐留していた日本軍将兵等六〇~七〇万人が、日ソ中立条約を破棄して侵攻してきたソ連軍に捕えられた。彼らはシベリアなど広大なソ連の各地に連れて行かれ、強制重労働をさせられ、いわゆるシベリア抑留が発生した。ソ連首相スターリンの命令によるものだった。彼らは厳寒の抑留地で貧弱なバラックに入れられ、当初は乏しい食糧しか与えられず、重労働を課せられたので、多数の犠牲者を出すことになった。その数ははっきりしないが、厚生省資料では約六万人とされている。
 辛うじて一命をとりとめた抑留者たちは、二~四年の筆舌に尽くせない労苦に耐え、四八~四九年頃に帰国船で舞鶴港等に次々に帰国した。帰還者はおよそ五四万七〇〇〇人だった。戦後シベリア抑留からの息子の帰りを待つ母親の想いをうたった歌謡曲「岸壁の母」が大ヒットしたが、待ちわびる家族のもとに帰れなかった抑留者たちも大勢いた。また、戦犯などの罪を問われた抑留者たちはもっと長く、八年~十一年も留めおかれ、最後の抑留者たちが帰国できたのは五六年の日ソの国交回復後だった。
 太平洋戦争終結後、すでに六〇年以上が過ぎ、シベリア抑留の体験者はもとより、それについて知る人たちが少なくなり、話題になることもマスコミで取り上げられることも本当にまれになった。そして、日本人の記憶の中からこの問題はますます忘れ去られようとしている。いわんや日本人の抑留が発生したロシアではそれを知る人はごくごくわずかで、大部分のロシア人はそれについて話されても、よその国の出来事のように無関心に聞いているだけである。しかしこの問題を歴史の忘却の彼方に消えていくままにしておいてよいものであろうか。
 シベリア抑留問題は、長い間北方領土問題にも匹敵する日ソ(現日ロ)間の重要な問題であると言われてきたが、現実には、国民、特に若い世代には、ほとんど知られていない。そもそもシベリア抑留とはどのようなものだったのか、その実態が不明で、未解明の課題が多数あったにもかかわらず、それらに蓋をして放置されたような状態になっているのが実情なのである。
 シベリア抑留問題は、その発生が “鉄のカーテン”の閉鎖的な共産主義国ソ連だったので、詳細な実態が最後まで不明のままであった。抑留の当事国であるのに秘密主義のソ連は日本側に何一つ知らせず、データも提供しなかったからである。そのため、抑留問題の根本的なこと、すなわち、どれだけの日本人が抑留され、どこに配置され、どのような暮らしをし、どのような労働に従事させられているのか、そして、どれだけの抑留者が死亡したのか不明のままだった。前述した抑留者数や死亡者数は推定数にすぎないのである。筆者は抑留者総数も死亡者数も厚生省資料にあるよりもはるかに多かったと思うし、ほとんどの点において再検討が必要だと見ている。
 この間にソ連邦は崩壊し、抑留地はもうあの当時から大きく状況が変わり、埋葬地は荒れ放題か所在不明になったり、関係資料も散逸し分からなくなったりしていることが多い。すでに遅きに失するが、せめて現在の時点において抑留の時代に立ち返り、いわばシベリア抑留の原点に立って、この問題を改めて検討する必要があるのではないかと考える。シベリア抑留はそれを引き起こしたソ連に全責任があるが、近年明らかになった終戦時の資料によれば、当時の日本政府や関東軍のやり方にも相当問題があったように見える。
 シベリアの過酷な諸条件下で強制重労働をさせられ、辛うじて一命をとりとめて帰還したシベリア元抑留者たちは、祖国でもなかなか就職できないなど苦労がたえなかった。彼らは理不尽な強制労働の対価補償を国に求め、それを拒否されて一部の抑留者たちは裁判も起こしていた。それがそのような彼らの労苦を慰謝する目的で提出されていた議員立法「戦後強制抑留者特別措置法(シベリア特措法)」が、本年(二〇一〇)六月国会で可決成立したのである。抑留期間に応じて特別給付金(二五~一五〇万円)を支給するというもので、長らく待たれていた法律だった。長年抑留問題を調べ、抑留者たちの旧ソ連でのいわれのない想像を絶する労苦を知る筆者は、その成立を支援したいとの想いをもって本書を執筆していたので、これは喜びにたえない。同法は元抑留者への補償ばかりではなく、政府に対して、強制抑留の実態調査や、死亡者の埋葬場所の調査と遺骨収集などの総合対策を盛り込む基本方針策定を義務づけている。それこそ筆者がかねがね抑留問題においてもっとも必要だと考えていたことであり、本書は十分とは言えないが、そのような目的に応えるべく執筆していたものであることをついでにことわっておきたい。

 現在、日本とロシアの間には北方領土問題、シベリア抑留問題、経済問題等がある。前二者は両国の最大の懸案であり、これらの解決なしには日露両国の平和条約の締結も、両国の真の相互理解も両国関係のいっそうの発展もあり得ないであろう。領土問題は行き詰まったまま何の進展もなく停滞している現在、せめて喉に引っかかったもう一つの棘・シベリア抑留問題を両国が協力して解決にあたるべきではなかろうか。それが両国関係をいくぶんかでも良好にし、領土問題解決にも良い影響を与えるのではないかと思う。そのためには、まずシベリア抑留に関する諸問題について知ること、何よりもその実態がどうであったかを知ることだと考える。
 近年ロシアではありがたいことに、抑留関係の極秘資料が公表されるようになり、調査研究もかなり行われ、研究成果も出てくるようになっている。そして、二〇〇〇年に捕虜問題に関する極秘資料を集大成した大冊『ソ連邦における捕虜』が出版されるに至っている。他方、日本においても外務省が先年引揚げの際の膨大な調査記録『ソ連地区邦人引揚関係』を公開した。それらによってシベリア抑留問題研究をかなり進めることが可能になっている。そして、独立行政法人平和祈念事業特別基金が戦後強制抑留問題編集委員会(委員長、田久保忠衛)を立ち上げ、〇五年に全八巻の『戦後強制抑留史』を刊行した。同書は抑留問題を多方面から調査研究し、まとめられたシベリア抑留問題の集大成本で、詳細な日ソ両国の抑留関係資料も収録されている。筆者はその執筆者の一人だが、この問題についてさらに資料調査や研究を続けて、研究書『シベリア強制抑留の実態――日ソ両国資料からの検証』(彩流社刊)を上梓した。
 本書は、当初シベリア抑留地の自然条件や収容所の設備や医療等の抑留生活上の種々の問題についても個別の章をたてていたのだが、紙幅に合わせるためにそれらを割愛せざるを得なかった。その他の章においてもかなり削らざるを得なかった。それゆえ、これらの諸問題に関してより詳しくお知りになりたいお方は上記拙著をお読みいただきたい。本書は抑留問題全体を扱っているとは言えないが、問題点と実態の全容はほぼつかんでもらえると思う。

(社)日本図書館協会 選定図書

著者プロフィール

阿部 軍治(アベ グンジ)

1939年宮城県生まれ。
早稲田大学露文科卒業。同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
筑波大学講師、助教授を経て同大学教授(現代語・現代文化学系)。
2003年定年退職、現在筑波大学名誉教授、日本トルストイ協会理事。
専攻はロシア文学・文化、旧ソ連邦の地域研究、比較文学。
主な著作・論文
『白樺派とトルストイ』(彩流社、2008年)
『徳富蘆花とトルストイ 改訂増補』(彩流社、2008年)
     『シベリア強制抑留の実態』(彩流社、2005年)
     『独習ロシア語』(大学書林、2005年)
     『徳富蘆花とトルストイ』(彩流社、2002年・2008年「改訂増補版」)
     『ソ連邦崩壊と文学』(彩流社 、1999年)
     『バフチンを読む』(編著、NHKブックス(日本放送出版協会)、1997年)
     『ソ連社会の行方 ペレストロイカの残したもの』(彩流社、1991年)
     『ペレストロイカの文学 現代ソビエトの文学闘争』(彩流社、1990年)
     『ロシア語会話練習帳』(L.ゴルボフスカヤとの共編、大学書林、1989年)
     『ロシア語分類語彙集』(山田恒との共編、大学書林、1981年)
     『ロシア語基本文1000』(ゾーヤ・オーコニとの共著、大学書林、1979年)他。

目次

目 次

はじめに──シベリア抑留とは何か、その問題点の提起

第一章 疑問の残る日露両政府把握の抑留者数と死亡者数
  不正確だったソ連政府発表のシベリア抑留者数 
  疑問の残る日本側の把握の仕方 
  ロシア側の研究資料に見る抑留者数と死亡者数 
  第二次大戦時の捕虜──“捕虜”と“抑留者”について 
  シベリア抑留者たちについてのソ連の初期データの不備 
第二章 日本人抑留者収容所の地域的分布と被収容者概数
  日本人抑留者収容所支部(分所)数 
  収容所地区番号、支部、収容所の種類、その分布状況等について 
  地区別の推定被収容者概数と収容所掌握概況表 
第三章 野蛮な抑留者移送と大量の犠牲
  だまされての野蛮な抑留者移送の概要 
  占領地でのソ連軍による不当抑留と略奪 
  抑留者たちの移送ルートと移動状況 
  地獄列車での輸送 
  生き地獄の徒歩移送 
  収容所間の移動とストルィピンカ車輸送 
第四章 日本人抑留者収容所の管理と処罰の仕方
  抑留者収容所の管理組織と管理の実態 
  人権無視の過剰警備と無警告射殺 
  抑留者たちの人権蹂躙と懲罰や刑罰の種類 
  野蛮な取調べと拷問 
  でたらめな裁判と不当判決 
  囚人収容所と監獄の恐怖 
第五章 栄養失調をもたらした抑留者たちの食糧事情
  日本人抑留者たちに与えられた乏しい食糧の概要 
  収容所当局の無責任な対応──抑留者用食糧の横領・横流し 
  栄養失調をまねいた食事の実態──反人道的なノルマ給食 
  家畜飼料の給食と飢餓道 
  仲間同士の間での食い物をめぐる争い 
  飢餓の中での代用食あさりと中毒死 
第六章 抑留者たちの強制労働
  スターリン政府の囚人や捕虜を用いての強制労働政策 
  日本人抑留者たちの強制労働の概要 
  シベリア強制重労働の実際(森林伐採、鉄道建設、炭鉱、建築等) 
  危険で理不尽な長時間強制労働 
  抑留者たちの強制労働についての評価をめぐって 
第七章 シベリア抑留各地区での死亡状況と死亡者数
  抑留者の大量の犠牲とソ連当局の低すぎる数字 
  抑留者たちの死亡概況 
  各抑留地の死亡状況(沿海地方、ハバロフスク地方、チタ州、イルクーツク州他) 
  朝鮮や中国に逆送された抑留者たちの犠牲について 
第八章 冒瀆的な死亡抑留者の埋葬と埋葬地の現状及び今後の課題
  規則無視・人権蹂躙の死亡抑留者の埋葬 
  穴や水中に冒瀆的に捨てられた遺体 
  荒れはてた墓地と消えた墓地 
  シベリア抑留者たちの無念を忘れないために 
  シベリア抑留の補償問題等今後の諸課題 

あとがき

関連書

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