足もとの「世界残酷物語」(かもしれないこと)

2014 年 8 月 29 日 金曜日

ここ数日、東京は肌寒いほどに涼しい日が続いています。「もう秋か……」とつぶやきたくなるほどですが、そうなると、 (続きを読む…)

書店ほどワクワクする空間はない

2014 年 8 月 29 日 金曜日

今週の水曜日の夜、後楽園の文京シビックセンターにて弊社も参加している出版協の若手が中心になって立ち上げたイベント「日本出版者協議会プレゼンツ編集者連続講座/第3回 本と読者を切り結ぶ平台・棚の編集を考え る~一冊の魅力をどう引き出すのか」が開催されまして、講師に、あゆみBOOKS小石川店の久禮亮太さんと、東京堂書店神田神保町店の清都正明さんをお招きして、いろいろと書店の仕事の裏側、仕入れの面白さと難しさについて語っていただいた。

久禮さんは70坪に満たない街の本屋さんの店長、清都さんは歴史のある神保町の300坪の有名書店の文芸担当と、それぞれ立場は違うのだが、本当に本屋の仕事が好きで働いている人たちだ。

清都さんが仕掛けるブックフェアはいつも独特で、他の書店では絶対に見られない切り口でいつも驚かされる。売れ筋の本も当然置いているということだが、間違いなく東京堂は、そういう本を求める人が頻繁に来る書店ではないので、お客様の問い合わせや、売れ行きをもとに、さらに東京堂独特の品揃えに磨きがかかっていっているように思う。

久禮さんは小規模の書店ながら、雑誌やコミック中心に偏らず、人文書も置いているし、売れた本のスリップを毎日見て、まとめ買いをしたお客さんの本のスリップはジャンル別に分けずに、お客さんの購入ごとにまとめ、お客様それぞれのパーソナルな購入の文脈を分析し、仕入れに活かしている。お客様との本を通した無言の交流の中で、本を仕入れ、売って、その店に来店するお客様のニーズに少しでも近づける努力を毎日している。

本屋の仕事って面白い。二人の話を聞いていて、思わず自分もまた書店で働きたくなってしまった。

自分はなぜ書店を辞めたのか…様々な理由があったと思うが、はっきりとしたものは思い出せない。お二人も言っていたが、新人に仕事にやりがいをもって育ってほしいと願っても、給料の問題、最近は出店ラッシュも終わってしまって、どんなに頑張ってもなかなか新店に店長として任せてやれないので書店員としての成長の実感を与えてやれない、というような話も講演が終わったあと、二次会に行く道すがら途中で話されていたのが印象に残った。

私もかつて某書店で、24歳ぐらいで実質副店長的な立場になり(その某書店は当時急成長していた書店で、しかも社員の増員も追いつかず、一店舗あたりの社員が平均二人か三人と少ないのでスピード出世とかではなく他に正社員がいないから、実質正社員になるとすぐに店舗内の立場が上になる)、大学生から、自分の母親でもおかしくないと年齢のパートさんや、なかには元紀伊國屋の部長さんで定年退職したあと、バイトで再就職してきた人など、数十人の人間のマネジメントを経験も無いのにいきなりすることになって、とても戸惑った記憶がある。

まだまだ世間知らずの若造が、いきなりアルバイト、パート数十人を動かして店舗運営をするのはかなりハードで、パートさんに嫌われて、店長一人がずっと雑誌の品出しをしている店の話や、社員が二人いる店で、嫌われた社員の方にはまったくパートさんやアルバイトさんから仕事の相談もなく連携もとれなくて、嫌われた社員しかいない日は仕事がまわらなくなるようになってしまう状況も見たことがあった。幸い自分はそこまでひどい状況になったことはないが、本当にみていて怖かった。
マネジメントの難しさを24歳で実感し、良い勉強にはなったと思うが、その代わり人の管理の仕事ばかりに追われ、書店員の仕事の面白さや楽しさの中心である、仕入れや棚作りや版元の営業の方とじっくり協業する時間が少なく、日々人を動かすことばかりで疲れてしまい、最終的にその書店を退職することになったと思う。やはり仕事にはバランスが必要だ。そう実感した書店員の仕事経験だった。

書店員は辞めてしまったが、いまでも本屋は本当に好きで、とくにそのなかでも、あゆみBOOKSと東京堂は特別な書店だ。

よく行く書店なのに、いつも入店する時にワクワクさせられる。それは今日も何かに(本に)出会えるかも、見つけちゃうかも、というワクワク感だ。

だからお金がない時は、本当に困ってしまう。そんなときに限って、たくさん欲しい本に出会ってしまうから。

お二人がずっと辞めないで書店員として頑張って働いてもらって、さらに若手を育ててもらって、この二人のような書店員が増殖していくのを願ってやまない。

【文責 春日俊一】

 

第25回 アルムサーラ (Almuzara) 社「フラメンコ・コレクション」のこと
──岡住正秀〔訳者〕(『そしてカルメンはパリに行った』)

2014 年 8 月 27 日 水曜日

著者シュタイングレスは、30年前からセビーリャでフラメンコ研究に携わり、刷新されたフラメンコ学を牽引してきた社会学者。従来の色あせた感のあるフラメンコ学(フラメンコロヒーア)、いわゆるアフィシオナード(おもに愛好家あるいはフラメンコ実践家など)が打ち立てたフラメンコ観に対しては適度の距離をおく著者は、数多くの優れた研究書で知られます。 (続きを読む…)

詩といえば、立原道造……??

2014 年 8 月 26 日 火曜日

本日出来上がった最新刊が、『シャーロット・ブロンテ全詩集』!
シャーロットといえば、『ジェイン・エア』をはじめ『シャーリー』や『教授』などの小説でイギリス文学史上に燦然と輝いておりますが、
詩人としての力量もとてつもないものがあったと感嘆しております。

(続きを読む…)

【広告】「朝日新聞」読書欄

2014 年 8 月 26 日 火曜日

「朝日新聞」(8月24日付)読書欄に広告掲載いたしました。

(続きを読む…)

【広告】『ユリイカ』(2014年9月号)

2014 年 8 月 26 日 火曜日

『エロエロ草紙』と『色街百景』の『ユリイカ』(2014年9月号)裏表紙に広告掲載いたしました。

(続きを読む…)

【紹介】『ばかな狼』ーー「毎日小学生新聞」にて

2014 年 8 月 26 日 火曜日

『ばかな狼』(野中惠子)が、「毎日小学生新聞」にて紹介されました。

(続きを読む…)

【紹介】『欧州周縁の言語マイノリティと東アジア』ーー「丹波新聞」にて

2014 年 8 月 26 日 火曜日

『欧州周縁の言語マイノリティと東アジア』(寺尾智史)が、「丹波新聞」(8月10日付)にて紹介されました。

(続きを読む…)

【広告】「読売新聞」一面サンヤツ

2014 年 8 月 26 日 火曜日

「読売新聞」(2014年8月15日付)一面サンヤツに広告掲載いたしました。

(続きを読む…)

またも、週末ですが、先週も難しくて、どうなることやら・・・

2014 年 8 月 22 日 金曜日

さてさて、書店訪問も下記後若干してみましたが、昨日、子どもの夏休み自由研究用

というわけで、トーハン店売様、アポ無し訪問でご面倒かけ、「ちょうど八月末で、学校の先生の

購入目的訪問終わる頃」で、「御社、来期で・・・」と、では、社でのその時迄の支払いと資金繰り、

「どうする??」とシビアな現状、とにかく売る(中身無くても)=即入金、が部署の責任として

問われているのですが、どう切り抜ければいいのか、今、全く方法が出て来ません。

印刷所サマと密談して500万円札を刷りまくり、私もコンビニで使いまくり、世に広めて、

炎上=円状的お互いの売り上げ確保!!という「精神変容」(サブカルチャー)を、注射のように

注入(危機の海水、命拾い。しかし、水強迫、泥へ呑み込まれ、動物としての死という結果考察無)

して、意識朦朧、ハーブ効かせれば、それ自体で満足している「もの」、どのように「欠如」に

持ち込めるか?論理的には不可能でも、人の意識では「可能」、言語化できない不安の可能性を

ナルシス丸出しによる慢心が満身というすり替えの地位確保のおうらかな安心という卑怯=秘教さ、

は、それ自体で満足している以上、もともと崩壊している言語で、批判など単なる茶番(普通=一般人)。

だからと言って、「死」が手軽に自分の手遊びになる訳無いのが現実でもあって、ようやく業務命令に

忠実に(社の私物化は社員としては有り得ないのに或るのはあんたの我が儘(ナルシス))、個別から

普遍への不可能な頭悪すぎてまるで出来てない「算数」、実践しなくちゃと、またごまかし引用ですが、

「・・・佐世保の魅力というのは一体何なのだろう。おそらく個人に依拠するところは大きいと思うが、

やはり日本の他の都市と比較してもその特殊性は明瞭だ。すなわち、米軍の存在だ。これは横須賀にも

共通している点だが、ただ横須賀よりも米軍が街に馴染んでいる感じがする・・・」つまり、肝心な定点が

揺らいで、そこに外的対象が取り込み入り込みで、「定」点が「酔う」点となり、日本人はアメリカ軍(外衛隊)

の言いなりになる以外、選択肢が無い。金で買う以外、力を持たない。そこで、自然=子ども、と思っても

実は、手懐けられない「他」を科学して、妄想で蠢く泥土を支配と意識するが、それは想定外=無意識を

まるで考慮していない(仕様が無いのですが)から、外(他)に飲みこまれるまま、しかしどうそこに対峙??

「・・・考慮せねばならないのは、近世における軍隊と社会はいまだ分離されえぬ状態にあったという点である。

すなわち、、軍隊の(militär)領域と社会の(zivil)領域とのあいだに明確な境界線を引くことは・・・

当時の実情にそぐわないのである。・・・兵士が都市社会へ統合された事実をも考慮に入れるならば、

軍隊と社会とのあいだには高い流動性があったと考えざるを得ない。・・・」その流動性に、助けられ、

また、危険に追い遣られ、と、仮に生きていても、生涯「もの、というなんとも言い難い不安を醸し出す、

それ?」を推力と並行して自身で語で殺す(名指しのもの言い)実践しか、計算の逃げられなさ、に

努力するしかないのですが、何もやってない、腰砕けという、なんとか脱出演算を、見立てしたいの

ですが・・・。軍事=力という魔力は、もともと無い自分すら騙せる自分の無さの隠蔽=勇猛に一役

買ってしまう、なんでも無いからなんでも有れる欺瞞。

さて、今日の曲は、不気味な感じもフェイクかも、という、結局、自分の満足でしょ!という、

でも、嫌な感じ残るこんな曲です。終末=週末観漂う??(玉崎)