「第11回 権太楼一門会」の直販に行った!

2009 年 6 月 29 日 月曜日

初夏恒例の「柳家権太楼一門会」での書籍の直販に行ってきた。

一門会では毎年「Tシャツ」を製作しているのだが、今年は権太楼師
の師匠・柳家つばめ師が描く粋な「美人画」がモチーフだった。
つばめ師といえば、名著の誉れ高い『創作落語論』がせんだって
河出文庫で復刊されたばかり。

ともあれ、著書『権太楼の大落語論』のほうは、一門会に来るお客さん
には行き渡っているということもあってか、動きのほうはあまり芳しく
ないのだが、サイン入りなので品物を置けば必ず売れるのだ。
一方、同じテーブルに並べてあるDVDとCDはものすごい勢いで売れた。
PHP文庫も単価がお手頃ということもあってやはり売れた。

もちろん、Tシャツの売れ行きはいうまでもない。

物販ブースで落語会を差配するプロデューサー氏より仄聞したのだが、
演芸モノのCDやDVDを製作している大手レコード会社のV社だが、
折からの不況のため、「演芸部門」をごっそりリストラしてしまったらしい。
とにかく落語会の音や映像を収録したテープやビデオがたんまりと残さ
れているそうだ。製作コストがかかっているとはいえ、「原盤権」の問題
等もあって、そうカンタンには「転売」できないのだ。
いやはや、こうやって陽の目をみることなくお蔵入りしてしまう、原稿・
音源・映像等、水面下にある氷塊のように、これまでもダイヤの原石が

たくさんあったのだなぁと痛感させられたのであった。

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[筆・南葵亭樂鈷]

鈴木邦男さんの『愛国と米国』

2009 年 6 月 29 日 月曜日

先日、たまたま平凡社新書の鹿島茂著『吉本隆明1968』を読んだ直後、鈴木邦男さんから同じ新書の『愛国と米国』が送られてきた。ともに「新書創刊10周年記念」ということで編集者の意気込みが著者に呼応して書かれた力作であった。
『愛国と米国』は全9章で構成されているが、特に印象に残ったのは「日米戦争に反対した右翼・赤尾敏」と「ナチスの「思想戦争」に籠絡された日本」の二つの章についてである。
赤尾敏は大日本愛国党総裁で銀座数寄屋橋で演説する姿を何度も見かけたことがある。赤尾は、戦前の東條英機内閣時代に、戦争を遂行する内閣に対して批判をして、「翼賛政治会」を除名された、国会議員待遇を剥奪されている。また戦争に反対した日本共産党の宮本顕治を高く評価していたということである。
愛国党は浅沼社会党委員長を刺殺した山口二矢や、夢の中での天皇殺害を描いた深沢七郎の『風流夢譚』の発売元である中央公論社嶋中社長宅を襲った小森一孝を生み出したが、その総裁の「反共産主義」思想の根底に「米国」と戦争せずの冷静な戦略があったとのことである。

「ドイツ・ナチス」についてであるが、戦中に日本はなぜ米英と戦争をして、ドイツと防共協定を結んだのかという疑問に、鈴木さんは1938年のヒトラーの明治神宮参拝やドイツの徹底した思想戦、宣伝戦に日本の見事にのせられた結果であると述べている。
「60年安保とケネディ大統領」は、小社から『ケネディ-時代を変えた就任演説』など5冊のケネディ本を出している土田宏さんの中公新書『ケネディ-「神話」と実像』を使ってケネディのアメリカを論じている。

本書で鈴木さんは、謙虚に自らの「反米愛国」思想を豊富な読書量をもとに分析していく。そこには左翼を反面教師として学んできた軌跡に、さらに右翼をも同じ視点で総括する「弁証法」を見ることができる。

『吉本隆明1968』は、いまだに「吉本主義者」を自任する仏文学者鹿島茂が若い世代のために書いた「リュウメイ本」であった。吉本を理解するには『共同幻想論』や『心的現象論』を読んでもダメで、初期作品の『初期詩集』をはじめ『芸術的抵抗と挫折』『擬制の終焉』『自立の思想的拠点』『高村光太郎』などを読むことが重要であると、自らの同時代体験を語りながら書いている。
特に印象的なのは、『高村光太郎』である。智恵子との関係を含む戦争賛美へ傾斜していく過程の分析は、改めて吉本の時代との葛藤を鮮やかに再現していて、われらの世代には懐かしい。(S)

「東京かわら版」巻頭に円丈師登場!

2009 年 6 月 26 日 金曜日

最新号「東京かわら版」(2009年7号)の巻頭インタビューに、

著書『ろんだいえん』とCD『三遊亭円丈コレクションVol.8』
(7月中旬発売予定)を出した三遊亭円丈師が登場した。

聞き手は、円丈師との共作「一ツ家公園ラブストーリー」の
作者でもおなじみの稲田和浩さん。
対話相手が稲田さんということもあってか、円丈師はいつも
以上に舌鋒鋭く、ガツンガツンとヘヴィーなコメントを連発
している(かなり過激であるなぁ)。
書籍の「生前贈与」というオビ文がまったくのウソではないと
いうことがここでも証明されたのであった(ホンマにスゴイ!)。

そして、CD制作のワザオギ・レーベルのディレクター川崎隆章
さんのお誘いもあって、6月23日にUsenの系列会社が発行
する「MusicStar」誌と、紀伊國屋書店が発行するWEB媒体
「フォレスト」の円丈師へのインタビューに同席した。
話題は円丈師の来歴や芸談を中心に、著書とCDの発売に
ついても触れるものだった。

とりわけ、円丈師の「《いま》のお笑い」のTV番組についての
批評は興味深く、「エンタ~」「レッド~」「オンエア~」と
「あらびき~」との製作意図というか番組哲学というか、その

「根本」の違いについての円丈師の批評はじつに明解で鋭い
ものだった(師のコメントは近日発行予定の上記の二誌を
ご覧ください)。

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[筆・南葵亭樂鈷]

『越後 毒消し売りの女たち』行商記

2009 年 6 月 25 日 木曜日

昨年8月『越後 毒消し売りの女たち』を営業するために新潟に出張した。

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なかなかまとまった時間がなく、ずっと書き上げられなかったものだが、とても思い出に残る、営業マン魂に火を点けさせられた出張営業だったので、どうしてもいつか発表したかった。
例によってまたかなりの長文になるが…どうかお許しを。

私は、新潟県には過去に一度も営業に行っていない。今回が初だ。
数軒、ずっと小社のDMに反応してくださり、注文をし続けてくれている気になる書店があるのだが、いまだ訪問適わず。不徳の致すところだ。

そして、その好機がやっと訪れた。新潟県にとても関わりのある本が発売になったのだ。
そう『越後 毒消し売りの女たち』である。
この本のゲラをはじめて担当のS編集長からもらってざっと読んだ瞬間、「これは間違いなく売れそうだ!」と久しぶりに(笑)に強く感じたのである。

舞台は、現在の新潟県新潟市西蒲区。角海浜と呼ばれる浜がある。

本の内容説明をしよう。
特異な運命を辿った集落の歴史を追う謎解きの旅!「毒消しゃいらんかね」宮城まり子の唄で歌われ、越後の美しい女たちが全国をけなげに毒消し(腹痛薬)を持って行商した村は消滅した。その村には意外な歴史が秘められていた…。

この行商の村があった場所、それが角海浜なのである。
とても興味をそそられた。

この浜を訪れた話は最後にとっておこうと思う。

先に新潟の営業の話をしたい。

今回も恒例の、本を車に載せ、書店を訪問営業したその場で、注文をもらった数の本を仮伝票を切って即納品するという方法をとった(通常、出版社の営業マンが書店営業をする時は、注文書に書店の仕入れ担当者から番線印(書店さんが持っている書店名とコード番号等が彫られたハンコ)を捺してもらい、それを会社に持ち帰ってから、その注文書を、該当する本につけて取り次ぎ(問屋のような会社)に渡し、その取次ぎから、注文をもらった書店に本が納品されるという流れをとる)。
この場合のメリットは流通過程で取次ぎを通さない分、早いし確実に本を並べてもらえる。
そして、本を直接見せて、しかも遠方からわざわざ持ってきたとなると、本屋さんの対応も少しは違ってくるし、こちらの熱意も伝わる。宣伝力が無い、ヒット作が無い等で無名社で、しかも小部数なので地方の書店に配本されないなど、弊社のような小さな出版社の場合は、特にこれらのことが重要になってくると思う。

私の自家用車、スズキ・アルトラパンに『越後 毒消し売りの女たち』を200冊積み込む。
わりと重量が軽い本なので、あまりラパンも苦しそうではなさそうだ。

《8月6日(水) 出発前日・当日 営業第一日目》

(※撮影と営業について本ブログに掲載の許諾を得た書店のみ担当者様名を掲載した。)

出発前日の夜、会社で本を積み込み、一度自宅に帰る。そして当日、自宅から新潟に向け出発した。

新潟に車で行くのは、プライベートを含めて、今回が初であり、果たしてどれぐらい時間がかかるのか、ネットの高速道路情報のサイトとかでざっとしか分からない。
「とにかく行くしかない」という思いで出発する。

自宅を出発し、外環の入り口に向かおうとするも、いきなり渋滞にはまる。まずい…このままだとどんどん到着がおくれてしまう…心配だ。
すこしするとやっと車は流れ出し、やっと外環の入り口にたどり着いた。
外環はかなり混み合っている。それでも50キロぐらいで走り続け、やっと関越との分岐点に差し掛かる。
さあ、一路新潟県長岡市に向けて時速100キロでダッシュだ。
関越道は東名とかと比べると、やはり空いている感じだ。

東松山、花園、藤岡、高崎、前橋と、あっというまに過ぎていく。だんだん山が増えてくる。渋川伊香保、赤城、昭和、沼田、月夜野、水上、そして谷川岳が見えてくる。関越トンネルだ。
関越トンネルと抜けると、湯沢に出る。そして、いよいよ新潟県に入る。塩沢石打、六日町、小出、堀之内、越後川口、そして小千谷。だいぶ運転も疲れてきた。結構遠いなあ…。もう少しで最初の目的地、長岡だ。

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長岡到着

やっと着いた。思った以上に遠かった。
今日は天気が良くて、かなり暑い。
長岡駅の隣にあったパーキングに車を止める。

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長岡駅

う~ん…最初にどの書店に行こうか…。持ってきた地図と書店リストを見比べながら考える。
とりあえず最初は長岡駅ビル内にあると思われる文信堂長岡店を訪問する。広さ的には中規模の書店ではあるが、人文書の棚もちゃんとツボをおさえた品揃え。これはいけそうな予感…。
店長のHさんに対応してもらう。突然のアポ無し訪問にもかかわらず、忙しい時間に快く対応してくださる。
『越後 毒消し売りの女たち』を5冊注文いただき、さっそく直納。POPも付けてもらう。
売れることを祈る。

次に訪問した書店は、長岡駅前の商店街の中にある文進堂(先程の書店と読みは同じだが字が違う)。
店長の五十嵐さんはとても気さくな方で、ここも初の訪問にもかかわらず、一人で切り盛りして忙しいなかに快く対応してくださる。
超大型書店が出店しまくっている昨今の書店の規模からすると、小規模と呼ばれる書店ではあるが、郷土本コーナーがとても充実しており力を入れているようだ。
さっそくその郷土本コーナーに『越後 毒消し…』を3冊面陳で置いてもらう。
長岡の景気や書店の状況についていろいろと教えていただく。やはりかなり状況は悪くなっているようである。老舗の書店が次々と無くなり、この商店街もどんどん活気がなくなっていっているようだ。
途中白人の留学生らしき一団が来店。店長は英語で話しかけながら、長岡の観光についてかかれた冊子などをプレゼントしたりしていた。

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持参したPOPを貼り付け、郷土本コーナーに面陳していただく

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気さくに対応してくれた五十嵐店長さん

次に訪問したのはK書店外商部。かつては店舗も構えていたらしいが今は外商部のみの商いとのこと。
特に地元本についても積極的に営業していないようで、お客様から注文があった場合のみの対応とのこと。とりあえずチラシを渡して早々に引き上げる。

あっという間に日が暮れ始める。
早いものだ…。

長岡は旧帝国海軍、連合艦隊司令長官の山本五十六が生まれた街であり、復元された生家や記念館があるらしいが、時間が無いので今回は行くのを諦める。

次に長岡駅近くの商店街内にある書林長岡を訪問する。
この書店は、長年弊社の新刊DMに返信をいただき、少しずつでも弊社の本を売ってくださってくれていた書店だったので、一度は訪問してご挨拶をと思っていたが・・・、とても残念なことではあるが、まさにこの8月で店を畳むとのこと。ギリギリ最後の最後でご挨拶できたが、本当に最後のご挨拶になってしまった。
土田社長は18歳の時から書店員をしてきたとのこと。今では80歳。「日配の頃からこの業界を見てきたが、もうそろそろ書店で売るのは厳しいし、年齢的にももう潮時。今月いっぱいで店を畳みます」との淋しいお言葉。まだまだとても元気そうだが、もう疲れたらしい。取次ぎの問題、大手版元の問題など、1時間以上語り続ける。出版業界の生き字引のような書店員の話を最後に聞けたのは貴重な体験ではあった。
『毒消し売りの女たち』は閉店までの3週間で売るとのことで、3冊注文をいただき直納する。
最後の最後まで、本当にありがとうございました。

もう日は完全に暮れてきたので、最後にこの商店街とは反対側の東口に最近出店した宮脇書店長岡店を訪問する。
東口は商店街もほとんどなく、ちょっと寂しい感じだが、そんなところになんと700坪もある巨大な宮脇書店が出店していた。
対応してくれたTさんはとても気さくな方で四国から転勤されてここで働いているとのこと、まだまだ客入りも少ないが確実に硬い本も売れているらしい。

郷土本はぜひ売りたいとのことで、突然の訪問にもかかわらずTさんはすぐに10冊も注文を出してくれた。さっそく直納。郷土本コーナーに平積みしていただく。

もう夜遅くなってきたので、本日の営業はここまで。
これから高速道路を飛ばして、新潟市に移動。
予約してあるホテルを目指す。

●出張第一日目の売り上げ
『越後 毒消し売りの女たち』×21冊(直納・返条付注文(一部3延べ)扱い)
計37,800円なり。

《8月7日(木) 営業第二日目》

新潟駅のすぐ近くのホテルで一泊。
出張二日目の朝は、まだまだ先が長いので、緊張していて疲れもとれないことが多いが、今回も同じだった。
かなり体がダルイ・・・。
まだまだ大きな成果も出ていないので、テンションを上げていきたい。

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新潟駅

午前中は新潟駅前に一年前オープンしたジュンク堂書店新潟店を訪問するが、担当者が不在だったので明日営業することにして、新潟駅ビル内にある文信堂ココロ本館を訪問。
50坪ぐらいのそれほど大きくはない書店ではあるが、担当者のTさんは弊社の新刊DMを毎月見てくれていて、この店で売れそうなものがあるときは、ちゃんと注文を出してくれていた。Tさんは「毎月DMは必ず見てますよ。うちで置けるような本があったら注文してますけど、滅多にないかな(笑)」とのこと。
こんな地方の小さい書店でも弊社のDMをちゃんと毎月見くれている書店員が、こうして本当に現実にいる。こういう店でも売れる本をもっと作らねばとも思った。
『越後 毒消し売りの女たち』を3冊注文をいただき、直納する。

次に新潟駅前の繁華街をずっと歩いて、思ったよりも離れた場所にある紀伊國屋書店新潟店を訪問。
担当のNさんが不在だったので別の担当者の方に、事前に注文をいただいていた『越後 毒消し売りの女たち』3冊の直納の手続きをしてもらう。
郷土本コーナーに置いてもらうように頼む。
店員さんはみなさん忙しいそうであまりゆっくり話す余裕もなさそうなので早々に店をあとにする。

次の書店へ移動中に、新潟のTSUTAYAを統括している担当者にアポを取ろうと何度も試みるも、なぜかいつも不在で、今日は諦める。

次に新潟駅前の一番大きな商店街の中にある老舗書店、萬松堂を訪問。
棚もとても充実しており、客入りも良い。ちょうど本日栗田からパターン配本で『毒消し』3冊入荷したとのこと。
「トーハンにも事前注文を出しているはずだが、もしかしたら注文漏れの可能性があるので、15冊もらいます」とのこと。
「日本経済評論社の「毒消し売りの社会史」はずっとロングでかなり売ったからこの本も売れるでしょう」と、相馬店長はとても気さくな方。
私が本を20冊リュックに入れて書店に現れた様を見て「そんなリュック背負って登山しに行くみたいだね」といわれる。
棚担当の中山さんに本を並べていただく。店のショーウィンドウにある棚にも並べていただき感激である。

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ショウウィンドウに並べていただく

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中山さん、目を瞑っている時に撮影してしまってすみません…

次に、萬松堂から歩いてすぐのところにある、ここも老舗書店であろう、北光社を訪問。
ここもしっかりした品揃えをしており郷土本コーナーをかなり広くとってある。萬松堂と競いあっている感じだ。
担当のSさんに「萬松堂にはもう行った?」と聞かれて「あ…はい。ついさっき行ってきました。」と答えると、「うちの方が後なの?」という顔をされたような気がして、ちょっと緊張感が走る。
萬松堂も売るならうちも、という感じで、10冊注文をいただく、かなり忙しい時間帯だったみたいだが、話もよく聞いてくれて、頑張って売っていただけそうだ。

次に、新潟駅ビルの地下にある文信堂万代店を訪問。
30坪ぐらいの小さな書店だが、レストランが多くあるフロアにあるせいかかなり客入りが良い。小さくても郷土本コーナーある。
担当の女性(名刺をもらい忘れて名前不明)は快く対応してくださり、10冊注文をいただく。

今日は良い感じで注文が取れる。
外はまさに夏真っ盛りでかなり暑くてきついけど、モチベーションも上がってきた。

次は書店ではなく、取次ぎ(全国の書店に本を卸す問屋のようなもの)の日販の新潟支店にターゲットを絞る。
ここは店売(書店へ卸したり、逆に書店が買い付けにくるために本を並べておく倉庫のようなもの)もあるから成功すれば、かなりまとまった数の注文がもらえそうだ。
ここは同業他社の営業の先輩である現代書館の中澤さんに「日販新潟支店には、ぜひ行ったほうが良いですよ」と事前に情報をいただいていたこともあって、とくに気合を入れて訪問する。
担当の幡さんはとても気さくて、そして本を売ることに熱心な、本当に“熱い”方だった。

「これをどうしたら売れる本にできるか、いろいろと考えます」と言ってくれる。
「私もぜひ読みたいので、良かったら1冊いただけませんか?」と頼まれたので、ここは読んでもらって面白さを分かってもらったうえで頑張って売っていただこうと思い、快く1冊献上する(後日幡さんに電話をすると、本当にちゃんと読んでくれていて、「とても面白かったです。100点満点ですよ!」と言ってくれた)。
日販のような業界最大手の取次ぎ会社が、弊社のようなヒット作もない小さな出版社に対して、ここまで良い対応をしてくれることはほとんどない。
本当に感激した。
そして…幡さんから注文冊数を聞いて、ちょっとビックリ。
「う~ん…とりあえず100冊ぐらいいただけます?」
あ…でも車にはあと残り130冊ぐらいしかない・・・・
ここで100冊置いていってしまうと、明日も書店を周るからちょっと足らなくなってしまう可能性がある…。
なので、とりあえず50冊置いていき、後日会社に戻ってからさらに追加分を直接日販新潟支店に送ることにしてもらう(後日さらに追加100冊注文をいただいた)。

新潟日報に紹介記事が出たときにいっきに販促営業をしたいとのこと。
幡氏のご厚意に応えるためにも、ここはどうしても良い紹介記事を期待したい。

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日販新潟支店

いっきに爆発した感じ。
今回の出張はこの時点で大成功ともいえるので、後は遊んで帰ってもいいかな…と誘惑にも駆られるが、まだジュンク堂書店も営業してないし、まだまだ他にも訪問したい書店はたくさんあるから、もう少し頑張ろう。

日販新潟支店を後に、ちょっと新潟駅から離れたところ、車で30分ぐらいいったところにある本の店・英進堂を訪問。
訪問した時点で午後7時になってしまっていたが、店長の諸橋さんから、ちょうど落ち着いた時間帯だったみたいで、じっくりといろんな話をさせていただけた。

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本の店英進堂

「越後 毒気巣売りの女たち」は事前に注文をいただいていた5冊に、わざわざ持って来てくれたということで、さらに追加して10冊注文をいただける。
そして、さっそくポップまで作ってくれて、店の入り口を入って目の前の一番良い場所に並べてもらう。

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「やっぱりキーワードは“美人”でしょう」と、諸橋店長は帯タイプのPOPを書いて本につける

店は想像していたよりもかなり大きく(300坪ぐらいある)、そして棚構成がとても面白い。
出版社からではなく諸橋さんが独自に企画している3社合同文庫フェア。
新書を版元別ではなく内容別にしていたり、雑誌を先月号と最新号を一緒に並べていたりする。

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三社合同テーマ別文庫フェア

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出版社別ではなくジャンル別に並べた新書棚。この棚を作るのに10時間以上もかかったらしい…

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雑誌を先月号と最新号を一緒に並べて売る。雑誌の返品期限ギリギリまで売ればこういうことも可能とのこと。
ギリギリで先月号を買い逃したお客さんにはありがたい陳列だ

音楽書の棚で、なぎら健壱の「日本フォーク私的大全」がロングセラーということなので、弊社から出ている『三上寛』を薦める。1冊注文をいただく。

店のありとあらゆる棚について熱く語る諸橋店長。
気づいたら、閉店の9時まで2時間半、書店の今度について語り明かしていた。

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POSデータだけでなくスリップをいまでも重視する諸橋店長。データでは数字しかみれないので頭に入りにくい。
スリップは版元によっても、シリーズやジャンルによっても、デザインや色が違うから売れ行きが頭に入りやすいとのこと。
確かにそうだ

今日はこんな感じで、夜の9時まで営業をしまくり。
もうお腹いっぱいである。

●出張第二日目の売り上げ
『越後 毒消し売りの女たち』×101冊(直納・返条付注文(一部3延べ)扱い)
『三上寛』×1冊(返条付注文扱い)
計183,500円なり。

《8月8日(金) 営業第三日目》

いよいよ最終日。
昨日大きな成果が出たが、まだまだ車には77冊、『越後毒消し売りの女たち』が積んである。
今日これを最後の1冊まで売り切って晴れやかに東京に戻りたい。

まず最初に新潟でもっとも大きな書店、ジュンク堂書店新潟店を訪問。
午前中でお客さんもあまりいない。
地下1Fの人文書フロアは、かなり広く、まるで巨大な図書館のようだ。
担当のNさんはレジ当番の時間が迫っているらしく、全然時間がないとのこと。
若干無理に『越後 毒消し売りの女たち』を5冊注文いただき直納する。

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ジュンク堂書店新潟店

次に昨日取次ぎの日販新潟支店での営業大成功に気をよくした私は、もう一つの大取次ぎ会社であるトーハンの新潟支店を訪問する。
住宅地の中にあってなかなか見つからない。車を降りて歩いて探し周る。
少し迷ってしまう。さすがに気温も32℃以上あるなか歩き続け、頭がクラクラする…車を遠くに駐車し過ぎた…。
車に戻ってもう一度、あらためて探す。そしてやっと見つける。今度出張する時はやっぱりカーナビを付けてこよう…。
日販と違って店売は無いが、トーハン新潟支店では約200店舗の新潟の書店とのお付き合いがあるとのこと。

「日販は50冊取ってくれました」ということと、「新潟日報に紹介記事掲載予定です」の2段攻撃でグイグイ推していく。
「じゃあ、とりあえずうちも50冊もらいましょう」と担当のWさんは言ってくれた。
車で東京から本を運んできたことを話し、実際に車に積んである本の山を見るとWさんは「きてますね~!」と感心しているのか呆れているのか分からないが、とにかく驚いていた。

車にはいよいよ残り22冊!!
あともうひと踏ん張り。

次に向かったのは、この書店もまえまえから気になっていた店で、よく弊社の新刊DMにも反応してくれる書店、知遊堂赤道店を訪問。
新潟から車で15分ぐらいの、国道沿いにある郊外型書店。想像以上の大きさ、とても広いフロア。
訪問してみて納得。とても品揃えがしっかりしている。人文書も思想書などもかなりちゃんと分類分けされている。
最初に声をかけた書店員の方がたまたま仕入担当のB店長で、すぐに5冊注文をいただけ、さっそく直納。

次に訪問した書店は、ここも以前から気になっていた書店。
結構売れているらしいと営業マン仲間の間で評判だった。戸田書店新潟南店を訪問。
ここもまたまたかなりデカイ書店。
300坪ぐらいはある。人文書もかなり置いてある。男性客が多く、歴史の本もわりと売れるとのこと。
対応していただいたS店長は「毒消し売り」の話にとても興味をもってくれて「20冊ください!」と言ってくれる。
こういうやる気のある書店員がこんな地方の郊外店にいると思うと嬉しくなる。
しかし…もう車に残り17冊しかなかったので、とりあえずこの最後の17冊を直納する。

やった!!
ついに東京から車に積んできた『越後 毒消し売りの女たち』×200冊をすべて売り切った。

まさか足らなくなるとは思わなかった。
3日で200冊。
予想以上の大成功。
これだから出張はどんなに大変でも、また行きたくなるものだ。

まだ日も暮れていない。
最後にせっかくここまで来たのだから、『越後 毒消し売りの女たち』の舞台である、角海浜の美人村があった場所を訪問してみようか…。
今日は新潟に泊まらずに、夜通し高速を突っ走って東京に戻るので、本当はこのまま帰路についた方が体力的にはキツクないのだが…やはり一度は見てみたい。美人村があった場所を!

というわけで、角海浜を目指して車を走らせた。
そんなに遠くはないはず…。

しかし、結構遠かった…。

新潟の海は美しく、人影も少ない。
新潟市の中心部から日本海に向かうと、ほんの10分ほどで日本海が見えてくる。ずっと続く砂浜を右手に見ながら車で下っていき、越前浜、角田浜を通り、海岸まで山が迫り出している場所に達し、さらに数箇所トンネルと潜ると、周囲を切り立った山に囲まれたあまり人気のない美しい浜辺が見えてくる。 五ヶ浜だ。
この浜よりさらに下り、トンネルを潜ると、突然国道が急カーブし、山に登る道と海岸のほうに向かって茂みにかくれて先が見えない行き止まりの道に分かれる。
山の方に登る道は、さらにいくとまた海岸の方に急カーブし、山を降ると、また浜に出る。そこは間瀬海水浴場と云われる浜だ。
先が見えない「行き止まり」と書かれた道。この道を入っていくと…。
ついに本の舞台の角海浜に出た。
間瀬海水浴場からも五ヶ浜からも山に隠れてみえない浜があったのだ。

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美人村があったとされる角海浜。昔は海岸線があと数百メートル沖合いにあり、250戸の家、寺や小学校、病院まであったという

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家のあった痕跡すら見当たらない…

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本当にこんなところに村があったのだろうか…

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ひっそりと佇む石碑。ここにはかつて寺があったらしい

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そして…日没

私の『越後毒消し売りの女たち』の行商も終わりを迎えた。

新潟で出会った書店員の方々、取次ぎの方々、本当にありがとうございました。
お蔭さまで本当にすばらしい出張営業になりました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

●出張第三日目の売り上げ
『越後 毒消し売りの女たち』×77冊(直納・返条付注文(一部3延べ)扱い)
計138,600円なり。

●営業三日間の合計
『越後 毒消し売りの女たち』×200冊(直納・返条付注文(一部3延べ)扱い)
『三上寛』×1冊(返条付注文扱い)

合計359,900円なり

営業部・春日俊一

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2009 年 6 月 19 日 金曜日

構想力

2009 年 6 月 18 日 木曜日

このあいだ出た精神分析の勉強会で「カントの構想力については、それは何と書いてある?」と言われ、答えられなかったため2~3年前に古本で買って読まずにいた文庫クセジュ「カント哲学」を朝の起きがけに5分ほどめくってみた。が、本腰入れて全部読まないと理解し難い感触でありながら、また中途で挫折になるか踏ん張りどころという感じ。それで今日外出ている合い間、合い間にちょこちょこ読んだので、気になったところを引用してみる。前の方には「カントによれば、哲学というものは挙げて、いっさいを支配するただ一つの問いに答えることを目的としている。すなわち「われわれの理性には、合法的に何がなしうるのか」という問いである。」というのだが、理性と合法は対立しているということか??いつも「パッパラパー」で生きていることが多い私には、「理性(パッパラ)」と「合法(常識〕」の対立というのは、よく分かるが誤読かもしれない。後の方には「「超越論的感性論」は、理性と感性とを対立させることで満足していた。もっと後に書かれた分析論は、この両者を構想力〔想像力〕によって結びつけようと努力している。」とか「直観と感覚とを区別する必要がある。感覚は主観にのみかかわるものであるが、直観は客観にかかわる。・・・われわれの感性には、その形式をつくりなしているような法則があるわけであり、この形式は必然的に感覚におしつけられはするが、それ自体は感覚ではありえない・・・カントはこの形式を純粋直観と呼ぶ。・・・この直観がいっさいの経験に先だって存在するという意味ではなく、すべての経験のうちに偏在しているという意味なのである。・・」なにやら難しくなってきて、中央線で寝てしまったものの、感覚(実感)から離れて、理性の前提の前提をつかむ(概念)=純粋直観??=認識???ということと誤読したのか、夜の脂ぎったワンタンがたたったか朝おなかをこわし蒸し暑く動機が上らないスタートだった今日の仕事も、この認識で、書店員さんの気持ちに関係なく「勝手に(前提の前提が分かった気になったのだから)動機があがり」中だるみせず、「主観」的には書店を回れましたが、当の書店員さんが「また、なにも考えていない営業が来てめんどくさい・・・」と考えていたのでは、と認識(誤読)のオンパレードの中??恐い思いで今日のブログ当番終了・・・(玉崎)

『1Q84』の書評について

2009 年 6 月 16 日 火曜日

「…最近亡くなった安原顕さんのことで思い出しましたが、村上春樹の『海辺のカフカ』を、多くの批評家が絶賛するなかで図書新聞(2002-9-23)で駄作(「例によって思いつきの謎(のようなもの)が多数ちりばめられているが、それらの「落とし前は」は一切なく、ただ無意味に長いだけだからだ…」だとして切って捨てています。その文壇の権威におもねない姿勢が強烈に焼き付いています。小社のトバイアス・ウルフの『兵舎泥棒』(迫光訳)が出たときは、好きな作家らしく、いろんなところに紹介文を書いていただきました。」

これは2003年2月に書いた「編集部だより」の一部です。このあと、村上春樹本人による安原顕批判(「ある編集者の生と死-安原顕氏のこと」『文藝春秋』2006-4)が話題になったことをご記憶になっている方も多いと思います。
『海辺のカフカ』のときもそうでしたが、『1Q84』も同様に競うように各紙誌に書評が出ています。いまのところ毎日新聞(6-14)の沼野充義さんの書評をのぞいて、どこも絶賛に近い内容のオンパレードです。
沼野さんは書いています。「…作家はこの小説に自分の持つものをすべて盛りこもうとしたのだろう。…その意図が野心的なものであるだけに、刊行された第二巻まででは、作家自らに与えた課題にまだ十分に応え切っていない。ここでは村上春樹の卓越した技術と文体は、見通せないほど深い人間の心の闇の周りを、まだ測量しようとしている段階のように思われる。」
刊行からすぐに書かれた書評では、これが読んだ者にピタリとくる内容のように思います。

そういえば「村上特需」という言葉が生まれていますが、ジョージ・オーウェルの『1984年』の新訳が高橋和久訳で同じ早川書房から7月(?)に刊行されるようです。小社のオーウェルの新訳『葉蘭を窓辺に飾れ』も余波を受けコンスタントに売れています。(S)

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アップした後、社で取っている本日付けの『読売新聞』で村上春樹本人のインタビュー記事を見つけました。読売の名物文芸記者の尾崎真理子さんによるスクープ(?)記事です。(上)なので明日も続くのでしょう。
『村上春樹さん「1Q84」を語る-オウム裁判裁判の傍聴に10年以上通い、死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた。それが作品の出発点になった。… 僕らの世代が1960年代後半以降、どのような道をたどってきたか。同時代の精神史を書き残す意図もあった』と語っています。
あれどこかで…と思ったら小社の『カルト漂流記オウム篇』の著者・早見慶子さんは書いています。「サリン事件によって叩かれてきた彼らは口をつぐむそかなかった。そう「オウム」という名前すら残すこともできずに。悲惨な結末に終わってしまったオウム真理教という組織。それは貪欲に煽られてただひたすら消費する社会、そして消費するために必要なお金を得るために働く、という冷え切った社会を変えようという理想に燃えていたのである。…」