「サハラ横断」と「老人と海」と前島幹雄

2009 年 1 月 30 日 金曜日

1月 25日「新宿ゴールデン街劇場」でヘミングウェイ原作(ヒラタヤスユキ脚本)の演劇「老人と海」を見た。
主役の老魚夫サンチャゴを演じた前島幹雄さんは、『サハラ横断 砂の巡礼』と『ユーラシア彷徨 敦煌・チベット・タクラマカン』の著者である。
21日から5日間の公演の最終日だったが、小劇場ではあるが舞台に観客をあげて見るほどの入りであった。

前島さんは俳優座に所属していた根っからの演劇人であるが、一時は演劇の世界を離れ、サハラ砂漠横断をはじめ世界各地を放浪し、その世界では大変有名になったひとである。
この数年、再び演劇の世界から声が掛かるようになっていた。それは年齢からくる風格がにじみ出て、「老人」役の演技者としてスポットライトを浴びるようになったからである。
その集大成が今回の「老人と海」のカジキマグロと格闘する孤独な老人サンチャゴ役であった。 そういえば俳優座の同期生であった故成田三樹夫さんも参加してくれた『サハラ横断 砂の巡礼』の出版記念会のことを思い出す。
その会の発起人の交渉のためにお会いした俳優座の主宰者・故千田是也さんが語った、「前島さんはお酒を飲んで舞台にあがり、演劇を壊したことがあるほど繊細な神経の持ち主なんですよ…」 彼はその時の悔しさを、今、晴らしているのかもしれない。
なお、3月2日、4日、5日、6日(19時)、7日(11時30分、19時の2回)の5日間、下北沢トリウッド(電話03-3414-0433)で前島幹雄主演の記録映画「ヒロシマランニング」が上映されるとのことです。
この映画は、1975年8月1日から15日の15日間、原爆で影だけになった人に出会うためにひたすら広島に向かって走り続けた前島さんの姿を撮り続けた記録映画です。撮影は今村昌平監督に師事し、「全身小説家」などを撮った水野征樹さんです。(S)

「大厄」か「大役」か

2009 年 1 月 29 日 木曜日

……というわけで厄年である。小生、数えで四十一。
まわりにせかされそそくさと神社にでかけた。
近所の氷川神社(池袋)である。
事前に「厄除祈祷」の予約を入れていたため段取りよく式がすすむ。
冬の休日のさわやかな朝。空気が澄んでいる。

神社に響く神主の声。
「大厄とは大役である。また大役とは大厄でもある」
うーん。「はんぱねぇー」(←byトータルテンボス)
お祓いが済み、御神酒をいただき、最後に御守りをいただく。
無事終了。やれやれ、である。

……そして気分一新。奇数月恒例「権太楼、日曜朝のおさらい会」(池袋演芸場)に行く。
落語「聴き初め」である。到着が少し遅れたため、もちろん立ち見となる。
開口一番、柳家右太楼「四段目(蔵丁稚)」、そして柳家小権太「時そば」。
二つ目のふたりだが「古典力」がある。

ふたりの落語が終わって、師匠・権太楼による「落語批評(教育的指導)」が始まる。
「落語」が有する世界の広さを弟子たちとともに客も知る。普段の寄席では絶対にない。
いよいよ権太楼の登場。まくらで初席(正月興行)の寄席の様子を語る。
「小三治」師匠を目当てに寄席にやって来た「新しい客」についてのエピソード。
場内爆笑。みな同感なのである。そしてすーッと「禁酒番屋」に入る。〈水カステラ〉
なんて言い得て妙だなぁとつくづく思う。
二席目は「不動坊」。今回は常連客Kさんへの哀悼の「不動坊」である。
権太楼師はチラシにその旨を記している。まさにご隠居Kさん、安らかに。

ようやく「厄除け」の儀式をひととおり終えたような気になった。

落語は「常に既に」新しいのである。
[筆・南葵亭樂鈷]

猫はコタツで…

2009 年 1 月 28 日 水曜日

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我が家の愛猫ルルは、当然猫なのでコタツが大好きである。

一番冷え込むこの時期、やはりルルもコタツの中に入り、まるくなったりダラーっとのびていたり、はたまたお腹を出してだらしなく仰向けになっていることもあるのだが、時々、どうやらあったまり過ぎてしまったのか、我慢できなくなってコタツから飛び出す時がある(飛び出す時に「ギャッ」と鳴きながら飛び出す)。その時のその姿がとても可笑しくて笑えるのだが、飛び出すといっても体全部を出すわけではなく、まるで人間のように顔と上半身だけをコタツから出し、風呂でいったら半身浴のような状態になる。またこれが可笑しいやら可愛いやらで見ているこちらも心が和む。
猫とコタツは凍てついた冬には欠かせない。
(筆=オードリーの春日がこれ以上人気が出ないように祈る彩流社の春日)

死者たちよ、安らかに眠ることなかれ

2009 年 1 月 27 日 火曜日

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年末年始をバッドに賑わし、一方的な停戦で幕を閉じた、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区侵攻。
言葉を失うほどに暗澹たる気持ちに包まれた、この戦争。
容易には語りつくせないので、印象に残った以下の記事を引用する。京大の岡真理先生の言葉。

引用元は以下のブログ。この間のガザ侵攻の様子と、世界中のアクションの様子が詳しく書かれているので、
参考にして欲しい。
http://illcomm.exblog.jp/

また、弊社から発刊されている関連書籍を2冊ほど挙げさせていただく。

パレスチナ・モン・アムール 誰も知らない等身大のインティファーダ

小林 祐子・著/定価:2000円+税/2004年1月刊
増補版 インティファーダの女たち パレスチナ被占領地を行く
古居 みずえ・著/定価:2136円+税/1990年11月刊

筆=一色

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岡真理 「ガザ」(全文)

(「京都新聞」2008年11月27日)

一九九〇年代初頭、パレスチナ人画家が来日した。四八年、ユダヤ人国家の建設に伴う民族浄化で、彼は生後まもなく難民となった。以来、ガザの難民キャンプで暮らす。彼がガザを出たのはその時が初めてだった。来日して一週間ほどして、取材した記者に歳を訊かれて彼は言った。「私の年齢は七日だ」

日本に来て初めて、自分は、人間が生きるということはどういうことかを知った。日本で日本人が生きるこの暮らし、これが人間が人間として生きるということなら、これまで自分はひとたびも生きたことなどなかった。だから、自分の年齢は七日なのだと。

ガザ地区…国連パレスチナ難民救済事業期間(UNRWA)によれば、ガザの人口は百四十万、その大半が彼と同じ、四八年のイスラエル建国で故郷を追われた者たちだ。難民登録している者だけで百万を超える。その半数近くが、六十年たっても依然、難民キャンプで暮らす。その一つ、ビーチ難民キャンプは一平方キロメートルもない空間に八万人がひしめく。

六七年以来、ガザ地区は、ヨルダン川西岸とともにイスラエルの軍事占領下に置かれる。産業基盤もなく、百万人以上の難民たちが生きる、地区全体が巨大な難民キャンプであるかのようなガザ。ガザは長らく、イスラエル経済の底辺を担う労働力の供給地、奴隷市場だった。

二〇〇三年三月、イラク戦争開始の直前、パレスチナ人の住宅を破壊しようとするイスラエルのブルドーザーを阻止しようとしてアメリカ人女子大生レイチェル・コリーさんが轢殺されたのも、ここガザだった。

〇五年夏、イスラエルはガザ地区から前入植地を撤退させた。それに伴い占領軍もいなくなった。だが、ガザの占領が終わったわけではない。地区全体が壁で囲まれ、唯一の出入口はイスラエルに管理される。

三年前、自治政府の評議会選挙でハマースが勝利すると、イスラエルによるガザ封鎖はさらに強化された。「テロ組織」を代表に選んだ住民への集団懲罰だった。人々はガザを出ることも入ることも許されない。電気・ガス・水・ガソリンなどはすべてイスラエルにコントロールされ、最低限しか供給されない。百四十万もの住民が、かろうじて日々、生命を維持するだけの状況にとどめ置かれている。今やガザは、文字通りの監獄となっている。世界人権宣言採択六十周年を迎える世界の、これが現実だ。

アウシュヴィッツ、ヒロシマ…。世界には、単なる地名以上の意味をもつ固有名というものがある。「ガザ」もまた、現代史に刻まれた、「人権の彼岸」を象徴する名だ。

アウシュヴィッツの解放記念日に、八月六日に、毎年、繰り返し唱えられる、「このような悲劇は二度と繰り返さない」という誓いは、何を意味するのだろう?ガザで起きていることはホロコーストではない。核兵器が使われているわけでもない。だが、ホロコーストを、ヒロシマを可能にしたもの、すなわち他者の人間性の否定こそ、「ガザ」が意味するものだ。

死者たちよ、安らかに眠ることなかれ。今なお繰り返され続ける過ちに無関心な、この世界を呪い続けよ。

日本近代文学の断面

2009 年 1 月 27 日 火曜日

濃縮四方田

2009 年 1 月 27 日 火曜日

いつでもやり直せる。

2009 年 1 月 26 日 月曜日

今日は春節。

旧暦のお正月です。

わたくし、恥ずかしながら
毎年こりることなく「今年の目標」を立て、
毎年あいも変わらず1月中に挫折しています。
2009年はクリアしやすそうな目標をと、
かなりハードルを下げたのですが……。
(人さまに言えるような目標ではございません)。
しかし、目標に設定していなかった体力づくりは、
家から駅までの朝のダッシュというかたちで

ほぼ欠かさず続けております。

そんなわけで、

あけましておめでとうございます!
全国津々浦々のご同類のみなさま!(いるでしょうか?)
わずか一月前とはいえ、過去のことは水に流して
今日から気持ちも新たに再スタートを切りましょう!

で、そうとなれば、今夜が初夢。
わたくしの昨夜の夢は、
1週間ぐらい会社に行くのを忘れていて

きついお叱りを受ける、というものでした……。
目が覚めたときには、そこはかとない疲労感が。
今夜はいい夢をみたいものです。

なお、弊社からは
夢の事典  〈夢〉の世界を探検するために』が刊行されています。
重量級の本なので、布団の中で寝ながら読むのには適さない気もしますが、
枕元に1冊いかがでしょう。

(毎月お正月が来ればいいと思う)マルタケ牧場

アフター・レイン

2009 年 1 月 23 日 金曜日

明日の見本は?

2009 年 1 月 21 日 水曜日

明日も見本、あさっても見本、しあさっても見本と・・・見本が反復強迫のごとくやってくるような気がしないでもない今日(もっと大手の人から見れば、「その程度で」ぐらいかもしれないが〉、やはり明日見本の宣伝を書くことで、とりあえず・・・明日は目玉は『濃縮四方田』。もう一本あるけれど、それまで書くと終わりが無いため、著者には失礼させて頂き、四方田犬彦。ジュンク堂書店新宿店の文芸書の三瓶さんに「四方田さんって売れるんですか?」と最初のイメージでは「売れ行きだけで見るとマイナーな人」と思っていたため、訊ねると「売れぇますよ~~(だんだんトーンが上向いて〉」と「分かってないやつ」とビックリされ、やはり「固定ファン」がいるようでした。この営業時に出ていた『四方田犬彦の引っ越し人生』(交通新聞社〉も好調な様子でしたし、他の小さな書店さんでも「四方田さん、前も売れたらいいなと置いたんですけど、この規模と立地では全く動かないんですよ」と事前注文取れず(啓文堂書店明大前店・岡田氏〉だが、やはり「名前」も知っているし、書店員さん自体「ファン」という方多し・・・という感じで、最初は「4500円」のところ「524ページ」で「3800円」に抑え、更に刊行後は「ジュンク堂池袋店」でも「トークショー」をやろうと計画が進み、値段的に苦しいと発注数を抑えた書店さまにも、追加注文して頂く可能性が出てきた感じだ。

内容の方は?とかじり読みして見ると、自分の気になる本だけ読んでみると、「ここは満足(内容が凝縮され、本体読まなくてもいい〉」・・・「こっちはもっと(もう少し、四方田のその考えに対するポジションを読みたい←本体を買えという〉」という感じで、やはり、ちゃんと「大きめな(A5並製・・・縦210センチ横148センチ厚さ・・多分28センチ〉ポケットのある服」を買い「ポケットの中の四方田」(4は女性に関係が深い数字(と同見本日の『日本近代文学の断面』に書いてあった気が〉とは関係あるのか〉で、電車のなかとかで広い(拾い)読みするのが良さそうです。ついでに、「包み込む」という「欲望」は、「女性に親和性」のある欲望(男性にとり辿り着けない欲望)というのも聞いたこともありますし、四方田先生が嫌がるかもしれないが、「ポータブル・ヨモタ」(筆・四方田氏〉を、皆さん買って頂き、毎日「包み込み」実践すれば、私が四方田か、四方田が私か、分からなくなる四方田との「分身」関係が成立し、四方田氏のように、たくさんの多言語と、多文化に首を突っ込んでも揺るがない四方を拡散/統合する存在になれるかもしれません。(玉崎)

オバマ新大統領誕生に思う。

2009 年 1 月 20 日 火曜日

バラク・オバマは、アフガン・イラクの二つの戦争を抱え、未曾有の経済危機の中で、長い選挙戦の末、第44代大統領に就任する。
選挙戦の勝利の要因は様々に語られているので敢えて挙げないが、彼が打ち出したイメージ戦略の巧妙さには触れざるを得ない。一つは、歴代の人気大統領の記憶に自分を重ねることであり、ヒラリー・クリントンの“I”とは異なる“We”を使う“参加”意識の喚起である。
今回の米大統領戦では、冷戦終結後の“一人勝ち”の世界で、歴代最悪といわれるブッシュ政権の“失政”からの“チェンジ”を誰が勝ち取るかであったが、オバマは見事に自らの出自をもプラスに変えて、“黒人”初の大統領の座を射止めた。
二つの戦争で割れた世論、経済格差の亀裂……、そうした状況で、オバマは無名に近い上院議員ながら2004年の民主党全国大会での演説で「一つのアメリカ」を訴えて脚光を浴び、大統領選への足がかりを掴んだ。

「一つのアメリカ」。それは、南北戦争で二分されたアメリカをまとめ上げたリンカーンのイメージを植え付けるものであった。そして自ら尊敬するリンカーンになぞらえ、重要な演説では必ずリンカーンに言及し、出馬声明の発表はリンカーンと同じスプリングフィールドで行った。さらに大統領就任式へもわざわざ、列車を使いフィラデルフィアからリンカーン縁の地を回ってワシントンに向かった。
また、自らの出自であるアフリカ系というイメージには、公民権運動でカリスマ化されたキング牧師のリンカーン記念堂の前で行った「私には夢がある」との演説の継承とその夢の実現を訴えた。さらに“黒人大統領”誕生に危惧をもつ人たちに対する対策としては、民主党大会での大統領候補指名受諾演説の時、会場の二階席にいる第二次世界大戦で勇名を馳せたパットン将軍の下で従軍した母方の父(祖父)をクローズアップし、「大統領候補になった孫を誇りに思う」と語らせた。それは正に“白人の孫”を印象づけるものであった。
そして、やはり“新時代”を象徴する若き大統領ケネディのイメージにも、自らを重ね合わせた。“初めての黒人大統領”ということを、“カトリック教徒初の大統領”でもあったケネディの記憶に重ね、スローガンも“ニューフロンティア”のイメージをそのまま“チャレンジ”に置き換えた。
いずれにしても、オバマは勝利し、本日(20日)大統領就任式を行う。その宣誓時に使う聖書はリンカーンが使用したものだという。
リンカーン、キング牧師、ジョン・F・ケネディの記憶を取り込んだオバマが、アメリカだけでなく、全世界が直面している様々な困難に如何に立ち向かうのか、期待は大きい。
だが、偉大な三人は、不幸にして“暗殺”というアメリカ社会の病理に倒れた。その轍だけは踏まないよう祈りたい。そして、リンカーンは、五年にわたり、死者60万を超える悲惨な“内戦”の引き金ともいえる、「サムター要塞の防衛」という指示を出した。ケネディは就任早々、キューバ侵攻のサインを出し(失敗したが)、ベトナムでは平和を唱えながら、結果として戦火の拡大に至った。
二つの戦争を抱えるオバマが、イラクからの撤退は明言するものの、“テロとの戦いの主戦場はアフガンだ”と言うように、アメリカの持つ“負のDNA”でもある“正義の戦い”という武力行使の“保安官政治”に引きずられないことを願う。

オバマが尊敬するリンカーンに関する新刊『リンカン——神になった男の功罪』(2月下旬刊)、ケネディに関するもの『ケネディ兄弟の光と影』『ケネディ 時代を変えた就任演説』ほか。