情報の〝流行〟に踊らされる前に

2007 年 1 月 31 日 水曜日

健康番組のデータでっちあげが騒動になっていますが、わたしたちはずいぶん前から、そうした情報の〝流行〟ともいうべき現象に対し、違和感を感じていました。99年の『日本人の食事、ここがヘンだ!』や去年6月に出した『野菜の食べ方・選び方』は、そうした問題意識のもとに編まれています。いまこそ、ものごとを多面的に、いろいろな角度から見てゆくことが重要になっているのではないでしょうか。わたしたちは、そのための材料をたくさん提供していきたいと思います。

下の文章は、『野菜の食べ方~』について、浜野ユリさんという精神科医の方がご自分のブログで紹介してくださったものです。まったくもって、わたしたちの意図するところを代弁してくださっているので、許可をいただき、掲載させていただきます。
▼オフサイド・ブックス編集部 杉山

★ブックレビュー『野菜の食べ方・選び方』
2006年08月28日
先日、『野菜の食べ方・選び方』(佐藤務ほか、彩流社)を読みました。
最近は野菜の本といえば「食べるクスリ」「食養生」といったものから「子供のお弁当にいかに取り入れるか」といった主婦の知恵を発揮するものまで各種出ていますが、この本はその中間に位置する印象です。
特に序章での「野菜が『体に効く』とはどういう意味か」について
「野菜は薬ではないので食べるだけで病気が治るということはありません。
野菜の機能性と健康に関して今まで発表されてる研究結果をみても、効果があるかどうか、一致した結果はまだ出ていません。(中略)

このことから個別の成分というよりもまだ解明されていないさまざまな野菜の機能性成分が相互に影響し合って、病気予防に効果があるのではないかとみられています」
という説明はとても中立的・理性的で、ともすると「○○症状にはこの野菜!」とばかり、テレビで紹介された途端にその日のスーパーの棚からそれが売り切れるという日本の国民性に釘を刺しているようで、なかなか痛快でした。
キーポイントは「多種をバランス良く」「1日5皿の野菜料理を目安に食べる」ことなのですね。
またタイトルにあるように、野菜の選び方や、調理を含む取り扱い方をまとめてあるのも重宝です。
女性ならまあ大体のことは母親が伝授してくれるわけですが、結構うろ覚えや勘違いもあるもの。
例えばトウモロコシは買ってすぐに食べる(食べきれない場合も、まずは火を通してから保存する)のが重要だが、逆にカボチャは収穫して1ヶ月後の方が美味しいので店頭ではヘタの乾燥したものを選ぶと良い、など。
私の場合、ズッキーニがカボチャの仲間と知り、驚きました。……

アカディアンの過去と現在

2007 年 1 月 29 日 月曜日

モダン・マルクス主義のシンクロニシティ

2007 年 1 月 22 日 月曜日

刺青の真実

2007 年 1 月 22 日 月曜日

日本超古代地名解

2007 年 1 月 15 日 月曜日

異文化のクロスロード

2007 年 1 月 15 日 月曜日

九月の寓話

2007 年 1 月 5 日 金曜日

2007年あけましておめでとうございます。

2007 年 1 月 4 日 木曜日

昨年から続く暖冬は、単なる気候だけでなく、今年一年の“波乱”を予測させる。小泉自民党の大勝利を受け継いだ安倍政権は“戦後の総決算”を目指し、数を頼んで教育基本法の改正を強行した。“いじめ”や受験優先による“必修科目の未履修”などの教育現場での問題点の解決策も放置したままで。防衛庁も防衛省へ。海外任務が“本務”とか。その安倍さん、小泉改革の継承をうたいながらも復党問題でみそを付け、本間税調会長の辞任や総裁選の応援団の佐田行革大臣のスキャンダル……。拉致問題も制裁だけでは進展もなく、六者協議も手詰まりで、このままでは“拉致を叫ぶ”アジテーターの汚名も着かねない。いずれにしても先行き不透明の“安倍丸”である。
さて、政治にかまけてばかりはいられない。高校の世界史未履修は大学生の常識破壊を招いている。「フランス革命の話をしてもきょとんとしている学生がいた理由がやっとわかった」との話は笑えない現実である。少なくとも教科書や周辺の関連書籍が売れるはずの大学生協での専門書の売れ行きが落ちるのも当然だ。また、こうした社会的背景による読書人口の低減傾向に加えて、若年人口の減少がこれからは加速する。その意味では、我々の市場は絶対的には拡大しない。しかし、だからといって、手をこまねいてはいられないのだ。
長く、出版業界は物流面で読者からの不満を受けていた。とくに注文品の場合は二週間が当たり前と言われたときからすれば、取次各社の努力で改善されたことは確かである。また、返品に関しても共同流通センターやトーハンの桶川計画の稼働は基本的に物流改善に寄与するものであり、時代の流れに沿うものであろう。ただ、そうした改革の大義の下に個別企業の利益優先が先行し、弱小版元、弱小書店に犠牲を強いるものであってはならない。人間に例えれば、版元は心臓であり、取次は血管であり、書店は神経である。弱小版元の作る本も重要な血液の要素であり、弱小書店は重要な末端神経である。
限られた市場を、単に力で切り取るかつての“国盗り”の時代ではない。平板な市場を厚みのある市場へ変えるには、多様化する読者のニーズに応えるべく多様な版元が、公平な条件で、公正な競争を展開することが、“急がば回れ”ではなかろうか。