【普及版】これが「一発屋」だ!

2004 年 1 月 28 日 水曜日

『【普及版】これが「一発屋」だ!』表紙\
書籍名   : 【普及版】これが「一発屋」だ!
(コレガイッパツヤダ)
著者名   : 宝泉薫(ホウセンカオル) 著
発行日   : 2003-12-15
税込価格 : ¥998
本体価格 : ¥950
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★『週刊プレイボーイ』04.1.28発売号
『週刊プレイボーイ』著者インタビュー・「一発屋を見れば時代がわかる!?」

……著述業である宝泉薫さんは、知る人ぞ知る日本で唯一の「一発屋ウォッチャー」でもある。(略)一発屋を追いかけるようになって見えてきたものとは?

「いろいろ調べていると、一発屋の世界にも時代による変化が起きています。近年でいえば、自分で一発屋であることをネタにする人たちが出てきたことでしょう。猿岩石、つぶやきシロー…。自ら一発屋を名乗ることによって人気ものになり、生き残る人たちが増えてきたんです」(略)「しかし、一発屋が量産されすぎて、愛らしい本物の一発屋がどこにもいなくなってしまったんです」(略)今現在はどういう一発屋の時代なのだろうか?

「去年はテツandトモ、はなわ、ダンディ坂野、それに綾小路きみまろでした。彼らは非常にわかりやすい一発屋で、この世界もひと昔前に回帰している印象を受けました。なかでもダンディは久々の本物かもしれない(笑)」

カリフォルニアを目指せ

2004 年 1 月 28 日 水曜日

ブックエンド 1983~2003

2004 年 1 月 23 日 金曜日

『ブックエンド 1983~2003』表紙\
書籍名   : ブックエンド 1983~2003 本と映画の同時代批評
(ブックエンド 1983~2003)
著者名   : 栗坪良樹(クリツボヨシキ) 著
発行日   : 2003-11-10
税込価格 : ¥4735
本体価格 : ¥4500
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★「読書人」04/1.23 成田龍一
「試みに、2002年10月の項を開いてみる。ここには、『小津安二郎のほうへ』(田中眞澄)、『田中真紀子研究』(立花隆)、『開高健のいる風景』(菊谷匡祐)の三冊の著作が取り上げられ、論評されている。「実証主義に富んだ」と田中・本を紹介し、その筆と共通すると立花・本にふれ、さらに開高健が戦争にこだわった理由を探る菊谷・本に言及する。本書は、雑誌『國文學』の巻末近くに、見開きのコラムとして書き続けられつつあるものが、20年間分(本や映画の総数にして、おおよそ720冊)まとめられたものである。栗坪さんによる、ゆるやかなつながりで選択された毎月3冊の著作は、栗坪さんの同時代観察であり、批評である。そしてそれが集積されることによって、クロニクルとなり、「書評による同時代史」と自ら述べる作品となった。世相や社会の様相にも敏感な知性と感性で綴られた「同時代を読む」集成である。こめられたメッセージの厚みと膨大なエネルギーに思いがいたる。本書で言及されている作品は、小説と(ハリウッドの作品を含む)映画、映画評論、メディア、科学の著作作など、多様な論点と多彩な表現による多領域の作品におよぶ。栗坪さんは、貪欲にこれらの作品群を読み解いていくが、興味深いのは、選書の際に「13年間教壇に立っていた麻布中学・高校で教えた人たちの本」が潜められる…本書には自らの思索の報告と啓蒙の精神が脈打っている。このことは、かつて、中学・高校の教壇にたち、訳のわからない少年たちに「文学」を説き続けてきた経験と無縁ではなかろう。中等教育の重さをあらためて感ずるが、このことは受けての側も同様で、栗坪さんに幼き日に教えを受けたことを大変な幸運であったと、あらためて思う。」

南仏オート=プロヴァンスの光と風

2004 年 1 月 23 日 金曜日

アイルランドの神話と民話

2004 年 1 月 22 日 木曜日

階級!

2004 年 1 月 19 日 月曜日

正典の再構築

2004 年 1 月 7 日 水曜日

パレスチナ・モン・アムール

2004 年 1 月 6 日 火曜日

『パレスチナ・モン・アムール』表紙\
書籍名   : パレスチナ・モン・アムール
誰も知らない等身大のインティファーダ
(パレスチナ・モン・アムール)
著者名   : 小林祐子(コバヤシユウコ) 著
発行日   : 2003-12-25
税込価格 : ¥2100
本体価格 : ¥2000
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★「週刊朝日」04/2.27 鎌田慧
「パレスチナ自治区〈ガザ〉の病院に、一年半のあいだ、音楽療法士として勤務した体験を書いた記録である。著者がガザを目指したのは、NGOの一員として働きながら、フランスの専門学校修了の資格を取得するためだが、以前、ガザに下見にいったときに会っていた〈彼〉と再会するためでもあった。(中略)彼女はイスラエル軍の空爆から逃げまわっては夜を過ごし、週末はその被害をビデオに撮ったりする活動をはじめるようになる。パレスチナ人である、〈彼〉との関係からすれば当然のことである。空爆で家を失った家族の話を聞く。その家はイスラエル軍に追われたあと、ようやくガザ地区に築いたものだった。そこの子どもは、数カ月前に、イスラエル兵に腰を銃撃されている。『僕が大きくなったら、イスラエルをつぶしてやる。銃でイスラエル人を殺してやる』と四歳の子どもがいい、本物のインティファーダで負傷した子どもは、こういう。『どうして自分は生きているのか。なぜ助かったのか。パレスチナのために死にたかった』。『生きることが大切なのだ』と著者は説得する。しかし、イスラエルと、それを支援するアメリカが、死に急ぐひとたちを日夜つくりだしている。パレスチナへの愛は、〈彼〉を越えたものになるしかない。」

★「国際協力(JICA)」2004年7月号
「毎日のようにテレビに映し出されるパレスチナとイスラエルの衝突。パレスチナ人の〈自爆テロ〉のニュースがよく伝えられるが、そのほとんどはイスラエルから配信されるもので、パレスチナ側から伝えられることは少ない。このような偏りに疑問を感じた著者が、ニュースとは異なる視点でパレスチナの人々を描いているのが本書。そもそも音楽療法士を目指し、フランスで学んでいた著者は、資格取得に必要な論文を書き上げるため、フランスからそれほど遠くないという理由でパレスチナ・ガザ地区へ。試行錯誤で音楽療法に取り組む傍ら、パレスチナ人とかかわることで考え方も大きく変わったという。知る手段の少ないパレスチナのまた別の姿が浮かび上がってくる」

★「讀賣新聞」2004.1.6「いぶき」インタビュー記事
「フランスの音楽療法士の資格を得るため、実習に赴いたパレスチナについての手記。『パレスチナで起きている問題を身近に感じてもらいたい』との思いからだ。……しかし、1999年10月に赴任すると、純粋な障害児たちや、各国のNGOメンバー、ジャーナリストとの出会いに恵まれた。『パレスチナを立て直したい』という志を持つパレスチナ人の恋人とも出会った。2000年9月には、第二次インティファーダ(パレスチナ人による住民決起)も経験。『パレスチナの人々は、耐える力と前向きに生きる力を持っている』と感じた。宗教的背景の違いなどから、恋人との交際は続けられなかった。手記では、別れの葛藤から見えたパレスチナの生活、習慣、家族関係などをつづった。『ガザ地区での日常を紹介することで、そこで起きている不正を伝えたい』。様々な思いを胸に、パレスチナに『普通の生活』が訪れることを、心から願っている」

それでもブランド品を買いますか?

2004 年 1 月 5 日 月曜日

心をケアする仕事がしたい!

2004 年 1 月 5 日 月曜日