パレスチナ・モン・アムール

2003 年 12 月 25 日 木曜日

グリーン先生を告訴します

2003 年 12 月 18 日 木曜日

クルドの肖像

2003 年 12 月 18 日 木曜日

7ストーリーズ

2003 年 12 月 18 日 木曜日

【普及版】 これが「一発屋」だ!

2003 年 12 月 17 日 水曜日

オペラの18世紀

2003 年 12 月 12 日 金曜日

戦争とパリ

2003 年 12 月 8 日 月曜日

『戦争とパリ』表紙\
書籍名   : 戦争とパリ ある二人の日本人の青春 1935~45年
(センソウトパリ)
著者名   : 池村俊郎(イケムラトシロウ) 著
発行日   : 2003-11-17
税込価格 : ¥2100
本体価格 : ¥2000
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★「熊本日日新聞」 04/2.22 辻昭二郎

「フランスの映画史を調べるときに盲点があるのは、日本人の目を通した第二次大戦中の情報が少ないことである。これを補うために日経記者の『ナチ占領下のパリ』や朝日記者の『最後の特派員』などを参考にしてきたが、昨年暮れ読売記者による本書が出たおかげでその穴が一気にふさがった。サブタイトルの通り、戦前からパリに暮らしていた二人の日本人に焦点を絞って書かれている。(中略)あこがれのパリに襲いかかった戦争のはざまにほんろうされながらも、半世紀以上パリを愛し続けた関口(俊吾)と(加藤)菊枝。特に菊枝の目に映ったパリの姿と人々は、これまで伝わっていなかった現実が赤裸々につづられていて重い。貴重なその証言は現代史の一つの穴を埋めるものになるだろう。」

★「世界週報」04/2.10 駒木克彦
「著者は、わずか2カ月で崩壊するフランスにも「次の時代につながる人材が国内に少なからずいた」と指摘。戦後のフランスを戦勝国に並べる貢献を果たしたドゴールだけが英雄なのではなく、「ドゴールの決断の背後には何十人かの知恵の集積があったことを見落としてはならない」「国家の底力とはそういうものである」と語る。幾多の誤った決断を下したフランスも、次代につながる人材を残していたことは、結局「少なく誤った」ということになろう。筆者は讀賣新聞パリ支局長で、ベイルート、パリ、ワシントンの特派員を経験したベテラン記者。新聞記者による世界情勢を著した本は、自からの取材経験を基に執筆することが多いため、同時代的なものが大半で、現代性がある半面、かなりの資料価値がない限り、数年で陳腐な情報になってしまう恐れがある。本書は世界大戦間という外交史上極めて興味深い時代を軸にしており、時の経過に耐え得ることは間違いない。」

★「産経新聞」03.12.8
「戦前戦中、パリに留学していた二人の日本人の青春を通して、激動期における国家と人間のありようを考える。著者は読売新聞パリ支局長。1935年、画学生の関口俊吾はフランス政府給費留学生に選ばれ、翌年にはパリ高等美術学校に入学。ベルリン五輪で、間近にヒトラーの姿を目撃した。日米開戦前に帰国したが、戦後再びパリに渡り、2002年、かの地で没した。もう一人、加藤菊枝は1937年、フランス語習得のためにパリへやってきた私費留学生であった。戦時中もパリにとどまり、亡命ロシア貴族と結婚。フランス国籍を得て、今もパリに暮らしている。関口と加藤は違う環境で生きたが、戦時下の国際社会が運命の糸でつながっていたことの証言者である。

一笑を大切に

2003 年 12 月 8 日 月曜日

カミュ 沈黙の誘惑

2003 年 12 月 8 日 月曜日

パンタとレイニンの反戦放浪記

2003 年 12 月 5 日 金曜日

『パンタとレイニンの反戦放浪記』表紙\
書籍名   :パンタとレイニンの反戦放浪記
(パンタトレイニンノハンセンホウロウキ)
著者名   : PANTA、椎野礼仁(パンタ、シイノレイニン) 著
発行日   : 2003-09-18
税込価格 : ¥1575
本体価格 : ¥1500
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★「週刊読書人」森達也 03.12.5

(パンタ+椎野礼仁 1500円 03.9.30刊)「何だかグリム童話のようなタイトルだけど、もちろんそうじゃない。パンタとは1969年に結成された伝説的なロックグループ「頭脳警察」のリーダーで、レイニンは元新左翼活動家で今は編集プロダクションの経営者。年齢的には二人ともほぼ同じで五十台半ばをそろそろ迎えようとしている。

2003年2月、この二人を含む36名の一行が、間近に迫ったアメリカの侵攻への反対を表明するため、バグダッドに滞在した。メンバーたちのイズムや思想の左右呉越同舟は凄まじい。(中略)

……二人とも年齢は僕より一回り上だ。つまり僕の世代にとっては、やりっぱなしの世代だ。

安田講堂陥落やよど号ハイジャック事件、浅間山荘の生中継などをテレビで眺めながら、思春期を迎えた僕は昂揚していた。この頃に観た映画は「いちご白書」に「YOU」。どちらもベトナム戦争を背景にしたアメリカの学生運動を描いた映画だった。ヤクザ映画を観た後にポケットに両手を突っ込んで周囲にガン付けをしながら劇場から出てくるように、青臭い中学生は、しばらくはすっかり運動の闘士になりきっていた。

大学に進学する理由はもちろんそれだけじゃないが、運動に身を投じたいという思いはまちがいなくそのひとつだった。しかしキャンパスに通い始めた僕は、自分が遅れてきたことにやっと気づく。政治の季節は終わっていた。かつての闘士たちのほとんどはあっさりと挫折して、下の世代は「新人類」などと呼称されていた。そりゃないぜと思いながら、二十代を過ごしたという感覚がある。だからこそかつての闘士たちが、生活や営みに日々を過ごしながら、時おり唇の隙間から洩らす「このままでいいのか」という呻きに僕は惹かれる。十\\年前ならそんな呻きが愚痴や言訳に聞こえたと思う。今は違う。それほど時代は急速に変質している。左は居場所を失い右もさすがに困惑するほどに。だからこそ彼らはイラクに向かった。思い込みかもしれないが、遅れてきたからこそ僕はそう思いたい。この大義なき戦争を止めさせることはもちろん第一義だが、彼らは「連帯」を再確認したのだろう。思想やイズムの連帯じゃない。生きているという現在を全肯定する連帯だ。